第55話 グラスウルフとキャンピングカー


 ダンジョンの二階層には青空の下、見渡すかぎりの草原が広がっていた。

 不思議すぎる光景に、リリはあらためてここが異世界なのだと実感する。


「二階層にはグラスウルフが棲息している。群れで襲ってくるから、少しだけ厄介だ」


 地図を広げながら教えてくれるルーファスの姿がとても頼もしい。

 リリは周囲を見回した。青々とした草は膝下が隠れるほどに茂っている。

 草原狼グラスウルフというからには、草葉に潜んで狩りをするタイプの魔獣なのだろう。


「ちょっと怖いかもしれません。私のクロスボウとは相性が悪そうだから」

「それもそうだな」


 一匹ずつなら、魔道武器であるクロスボウで撃ち落とすことはできるだろう。

 だが、集団で囲い込まれて襲われたら、どうしようもない。


「……どうする?」

『どうするも何も、群れが来たらボクたちが数を減らすしかないんじゃないかなぁ……』

「だが、それだと日が暮れる前に転移扉までリリィは移動ができないぞ」


 顔を見合わせたルーファスとナイトが何やら相談を始めた。


 リリは群れ未満のはぐれグラスウルフを狙い、せっせとクロスボウで倒していく。

 二匹までなら射落とせるが、やはり三匹目が厳しい。クロスボウと【雷撃】の指輪でどうにか無傷で倒すことができた。

 四匹以上の群れに狙われたら、どうすることもできないかもしれない。

 

 グラスウルフのドロップアイテムは魔石と毛皮、それと牙の三点だった。

 さすがにオオカミの魔獣の肉はドロップしないらしい。落とされても困るが。

 茶色の毛皮の手触りはあまり良くない。


「これなら、一階層のホーンラビットの毛皮の方が上質かも?」


 グラスウルフの毛皮の方が大きいけれど、色艶を比べてもホーンラビットの毛皮の方が魅力的に思える。

 美味しい肉も落とさないし、毛皮もいまいち。牙に至っては、何に使うのかも不明な素材だ。冒険者ギルドはちゃんと買い取ってくれるのだろうか?


「……うん、ここはもう素通りする方がいい気がします。ルーファス、キャンピングカーを【アイテムボックス】から出してくれますか?」

「……ん? ああ、分かった。ここでいいんだな?」

「ここで出してください」

『リリ、どうする気?』


 不思議そうに尋ねられて、リリはにこりと微笑んで答えた。


「二階層のオオカミさんたちは無視して、キャンピングカーで走り抜けようかと」


 てっきり叱られるかと思ったのだが──顔を見合わせた二人が、ほぼ同時に叫んだ。


「『その手があった!』」


 

◆◇◆



 かくして、リリはキャンピングカーの後部座席に座って、優雅に窓の外を眺めている。

 運転席にはルーファス。助手席には黒猫のナイトがちょこんと座って地図を眺めていた。横から案内してくれているらしい。

 可愛くて優秀なナビである。


『グラスウルフは低層の魔獣でランクも低いんだ。ドロップアイテムのギルドでの買取額も微妙だから、リリの提案は渡りに船だったんだよ』


 くるる、と上機嫌で喉を鳴らしながらナイトが教えてくれた。

 グラスウルフのドロップアイテムの買取額はやはり低かったようだ。倒しても経験値は少ないから、レベル上げにも適さない。

 そのくせ、集団で襲ってくる厄介な魔獣なので、まともに相手にせずに車で駆け抜けるのは良い手だそうだ。


「囲まれたら、車の中から倒せばいい」


 何でもないことのようにルーファスも言う。

 たしかに、車の中からクロスボウや魔法で攻撃すれば安全だ。

 もっとも、障害物のない草原は気兼ねなくスピードを出せるので、キャンピングカーに追い付けるグラスウルフはいなかった。


「うむ。三階層への転移扉に到着したぞ。最短記録ではないか?」


 草原にぽつんと自立する、転移の扉。

 相変わらず、シュールな光景だ。

 この転移の魔道具の周辺はセーフティエリアになっている。なので、リリは安心して車から降りた。


「キャンピングカーは便利だな」

『まさか、ダンジョンで走らせることになるとは思わなかったけど……』

「でも、おかげでこんなに早く三階層に行けます」

「そうだな。運転は俺に任せてくれ」


 赤毛のドラゴンはすっかり車の運転にハマったらしい。キャンピングカーをうっとりと眺めながら、その車体をそっと撫でている。


「このまま三階層へ行きますか?」

『いや、当初の予定通りにここで野営にしよう』

「それがいい。三階層は洞窟フィールドだから、あまり野営には向いていないからな」


 洞窟内は空気があまり良くないし、何より景色が悪いのだそうだ。


「……ここで魔法のトランクを展開するんですか?」


 二階層の草原での野営は賛成だが、転移扉前のセーフティエリアとなると、他の冒険者の目が気になる。

 そんなわけで、セーフティエリアから外れた場所に移動して、野営することになった。


「セーフティエリアでなくても大丈夫でしょうか……?」


 大切な魔法の家が、グラスウルフたちに荒らされたら大変だ。

 

「それは大丈夫だ。俺がいるからな」

「? あ、はい。ルーファスがいてくれたら、とても心強いですけれど……?」


 首を傾げていると、黒猫がぷすっと吹き出した。


『腐ってもドラゴンだからね! リリのレベル上げの時には気配を消していたから、魔獣も寄ってきたけど、気配を解放したら雑魚魔獣は近寄りもしないよ』

「ああ、なるほど」


 納得だ。最強のドラゴンの気配がする場所に、魔獣たちもわざわざ現れたりはしないだろう。

 

「ルーファスがいる場所が、私たちのセーフティエリアなんですね」

「役に立って、なによりだ」


 肩を竦めて笑ってみせる赤毛の大男にお礼を言って、キャンピングカーから降りた。

 車は【アイテムボックス】には収納せずに、そのまま外に出しておく。

 ダンジョン内でもルーファスはキャンピングカーで野営するつもりのようだ。


 リリは魔法のトランクを均した地面の上に置くと、魔力を込めながら開いた。

 

「マイホーム、展開」


 ダンジョンの二階層に、魔女の家が設置される。

 念のために黒猫ナイトが隠蔽の魔法を重ねて掛けてくれたので、魔獣はもちろん他の冒険者たちにも見破られないはず。

 

「ここを本日の野営地とします!」


 一度、言ってみたかったセリフを口にできて、リリは満足げに微笑んだ。



◆◇◆



 魔法のお家に戻り、ほっと息を吐く。

 汗で汚れた気がしたので、玄関で【洗浄ウォッシュ】の魔法を使い、さっぱりとした。

 ルーファスとナイトもそれぞれ生活魔法で汚れを落とすと、半日ぶりの我が家に足を踏み入れる。


『おなかすいたー』


 ソファに飛び乗った黒猫がクッションの上でころりと転がる。

 リリもそっとお腹を撫でた。意識すると、すっかり元気になった肉体が途端に空腹を訴えてくる。


「今日はせっかくだから、ホーンラビット肉を食べましょうか」

『やった!』


 無邪気に喜ぶさまが可愛らしい。

 今日はホーンラビット肉を使った、チキン南蛮ならぬラビット南蛮にしよう。

 

 リリは曾祖母が付与しまくってくれたワンピースにエプロンを着けて、肉に下味を施していく。

 ホーンラビットのモモ肉にフォークで穴を開けて、料理酒とすりおろしたガーリックと生姜、塩胡椒を施して揉み込んだ。

 

「魔道冷蔵庫で冷やして馴染ませている間に、日本のお家に行ってきますね」

『いってらっしゃい!』

「気を付けてな、リリィ」


 心配性の二人に笑顔で手を振ると、リリは魔法の鍵を取り出して転移扉を呼び出した。

 カチャリ。ノブを回して、一歩を踏み出すと、もうそこは見慣れた曽祖母の部屋の中。

 

「さて。通販した荷物を回収して、生存確認メールを送らないと」


 朝の内にタイマー予約で炊飯しておいたご飯も回収しなければ。

 チキン南蛮もとい、ラビット南蛮にはきっとパンよりも炊き立てご飯は合うはず。

 伯父たちへのメールにはダンジョンで撮った写真を添付しよう。

 ファンタジーなゲームが好きな従兄たちが、きっと大騒ぎすることだろう。

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