第54話 ドロップしました


 草むらを掻き分けて現れたのは茶色の毛皮のホーンラビットだった。

 レベル上げのために以前に狩ったものより、ひとまわりは大きい。柴犬サイズだ。

 気配に聡い草食の魔獣らしく、すぐにこちらに気付いた。

 ホーンラビットは頭を下げてツノをこちらに向けると、後ろ脚で地面を蹴り上げるようにして跳ねた。

 いちばん弱い個体と見なされたリリを目掛けて襲ってくる。

 リリは迷わず、クロスボウに魔力を込めて矢を放った。狙い通りに魔力の矢はホーンラビットに突き刺さる。

 キュッ、と甲高い悲鳴が響いた。

 地面に倒れたホーンラビットはやがて淡く光を放つと、姿を消す。


「あ……」

「ドロップしたな」

『取ってくる!』


 黒い風が過った、と思ったら、ナイトが足元に戻ってきた。瞳を細めてニャアと鳴くと、ぽとりと何かが地面に落ちる。茶色い毛皮と魔石だ。


『ドロップアイテムだよ』

「これがダンジョンのドロップ……」


 獲物を倒すと、なぜか剥ぎ取り後の素材に変化するという不思議システム。

 一匹につき、二、三種の素材が手に入ると本には書かれていた。

 魔道具のエネルギー源になる魔石は必ずドロップする。肉が食べられる魔獣の場合は肉や毛皮などが素材になるそうだ。

 肉食の魔獣だと、毛皮と牙やツノなどの素材もドロップするらしい。

 フロアボスのような特別な魔獣や魔物は宝箱を落とすので、冒険者はそれを狙ってダンジョンに潜るとか。

 宝箱の中身は文字通りに金銀財宝だったり、ポーションや魔道具が多い。

 下層に棲む魔物からは希少な魔法の武器もドロップするようだ。

 まさに、一攫千金のドリームチャンス。

 だが、それはそれとして。


「…………お肉は?」


 丸々と肥った、美味しそうなホーンラビットだった。あれはきっと素晴らしいお肉をドロップすると思っていたのに。

 残念ながら、リリが狩ったホーンラビットは毛皮と魔石しか落とさなかった。


『普通の冒険者は肉よりも毛皮のドロップを喜ぶものなんだけどね』


 悲壮な表情のリリを目にして、ナイトは苦笑する。

 そういえば、ホーンラビットは肉よりも毛皮の買取価格の方が高かった。


「落ち込んでいる暇はないぞ、リリィ。右手奥の茂みにも二匹いる」


 肩を落とすリリの耳元に、ルーファスが顔を寄せて小声で教えてくれた。

 二匹。ツガイの魔獣なのだろうか。

 仕留められるか、ほんの少し不安に思いつつもリリはクロスボウを構えた。


「指輪を使え、リリィ」

「……!」


 矢を放ち、白い毛皮のホーンラビットを仕留める。その脇から飛び出てきた黒い毛皮の個体を射つのは間に合いそうにない。

 リリは指輪に魔力を込めた。


「ギュイ!」


 バチン、と何かが弾けたような音が響き、黒い毛玉が跳ね飛んだ。

 何かが焦げたような匂いが、微かにする。

 『雷撃』の魔法が間に合ったようで、リリはほっと胸を撫で下ろした。

 

(間に合わなかったとしても、結界の魔道具があるから大丈夫だとは思うけれど……)


 否、ホーンラビットがリリに届く前にルーファスとナイトがどうにかしてくれそうではある。

 今のところ、リリのレベル上げのためのダンジョンチャレンジなので、二人が手を出すことはないだろうけれど。


『リリ! 今度はお肉を落としたよ!』

「本当ですか、ナイト」


 ぱっと顔を輝かせると、リリは黒猫が示す場所に駆け出した。

 最初のホーンラビットは魔石と毛皮だけしかドロップしていなかったけれど、二匹目は魔石と毛皮、そして肉を落としていた。


「すごい。大きなお肉の塊です……!」


 鮮やかなピンク色の肉は、魔力の膜のような物に包まれている。

 ラップのような手触りで、これのおかげで肉に汚れは付かないし、膜を破らない限り鮮度は保たれているらしい。

 解体する手間がないのは良いけれど、可食部が減るのだけは残念だ。


「ホーンラビットの毛皮はマフラーや手袋にするのに人気らしいぞ?」


 ルーファスが白黒の毛皮を拾い上げて、渡してくれた。


「ありがとうございます。……いい手触りですね。お土産にします」


 伯父一家の分だけでなく、使い魔たちとルーファスの分も手に入れたい。

 そのためにも、たくさん狩らなければ。


 ドロップアイテムはナイトがまとめて収納してくれた。

 【アイテムボックス】という収納スキルの容量は持ち主の魔力によって決まるらしく、大魔女の筆頭使い魔である黒猫は王城よりも大きいのだとか。

 シオンの遺産であるストレージバングルと同じく、時間停止状態で収納できるので、安心して預けた。


「皆でお揃いの手袋とマフラーを作るために、ウサギ狩りです」

「おそろい……うむ、索敵は任せろ、リリィ!」


 やけにやる気を見せるルーファスに獲物探しは任せて、リリも張り切って歩き出す。

 一階層は初心者のフィールドだが、それなりに広い森なため、狩り場がかぶることはなさそうだ。

 心置きなく、ホーンラビットを狩れる。

 ちなみにスライムはこちらから襲わない限りは大人しく揺れているだけなので、スルー推奨だ。

 ドロップするのは魔石のみ。

 お肉と毛皮が欲しい一行はひたすらホーンラビットを狩った。



◆◇◆



 黙々とホーンラビットを倒したおかげで、リリのレベルは7になった。

 狩りの成果は、魔石三十個と毛皮十七枚。肉は十五個ほどドロップしたので、大満足の結果である。


「ちょっとだけ疲れました……」


 こんなに歩いたのは、生まれて初めてだ。

 ダンジョン内は魔素が濃く、魔道具のクロスボウを使っても、魔力の回復は早かったが、さすがに体力的にきつかったようで。


「では、二階層で野営にするか」

『そうだね。今日はもう休んだ方が良さそうだ』


 保護者二人に促されて、二階層に降りることになった。

 冒険者ギルドで手に入れた地図があるので、魔道具の方位磁針で確認しながら下層への入口を探す。

 小さな泉の手前に、二階層へ続く扉が見つかった。


「転移扉だ。行くぞ、リリィ」


 差し出された手に己のそれを重ねると、そっと握り締められた。器用に立ち上がるナイトを抱き上げて、転移扉に触れる。

 いざ、二階層へ。

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