第5話 魔女の遺産
「……変な夢、だった」
スマホのアラームに起こされるまでぐっすりと眠りについてしまった。
のろのろとベッドから起き上がり、リリはぼんやりと呟いた。
夢の中で、年若い曾祖母はリリの知らないことを色々と教えてくれた。
それはあまりにも荒唐無稽すぎて、到底すぐには受け入れられない発言ばかりで。
「おばあさまが異世界から来たエルフだとか。私が病弱でよく死にかけているのは、エルフの血が濃く出て、肉体の魔素が足りないせいだとか。魔法のトランクだとか」
情報量が多すぎる。
いくら疲れていたからといって、こんな夢を見るなんて。
「私の想像力も捨てたものじゃないみたい」
ふ、と口元を綻ばせると、ベッドから降りてカーテンを開けた。
今日もいい天気だ。疲れない程度に曾祖母の秘密基地を片付けなければ。
◆◇◆
簡単に朝食を終えると、リリはあらためて曾祖母の部屋に向かった。ドアストッパーのおかげで、すんなりと出入りができる。
「まずは空気の入れ替え」
カーテンをタッセルでまとめて、窓を開ける。
窓は全部で四箇所。すべて開け放つと、心地よい風が吹き込んできた。
床に積まれたままの本は本棚に並べていく。
あちこちに散らばっていた紙類はひとまとめにして木箱に入れておいた。
仕分けは落ち着いてからするつもりだ。
掃除や片付けは嫌いじゃない。成果が目に見えて分かりやすいので、達成感がある。
(それに今日は何だか、とても気分がいい)
そういえば、夢の中の曾祖母は遺産について教えてくれていた。
ポケットに入れておいた水晶玉を取り出して、光に透かせてみる。昨夜は綺麗に透き通っていたのに、今は白く濁っていた。
『リリィへの伝言を込めるのが精一杯だったの。この夢から醒めたら、水晶玉はもう使えない』
曾祖母の発言が本当なら、もうあのエルフの姿の彼女には会えないのか。
「おばあさまの遺産……」
あれは夢だ。単なる夢、自分の中に眠る、何らかの願望があんな姿を取ったのだろう。
理性ではそう信じているのに、なぜか足は夢の中の曾祖母が教えてくれた場所──部屋の隅に向かっていた。
異国情緒に溢れた巨大なタペストリーが壁を飾っている、その前に立つ。
「このタペストリーの下に、異世界へ続くドアがある。……なんてね?」
くすりと笑い、何の気なしにタペストリーをめくって──リリは動きを止めた。
タペストリーの下には何もないはずだった。
が、そこにはエルフの姿をした曾祖母が口にした通りのドアがあった。
「まさか、これ……本物?」
開かずの間は角部屋だ。タペストリーが吊るされた側の壁の向こうは何もないはず。
開けて確認すればいいのだが、何となく怖くて開けられない。
「待って。落ち着こう。焦りは禁物。私の脆弱な心臓はすぐに止まってしまうもの」
ゆっくりと深呼吸を繰り返すと、どうにか落ち着いてきた。
親しい友人にはよく「リリは省エネ少女だから」と笑われたものだ。
感情表現が乏しいということらしい。言い得て妙だ。
夢の中で曾祖母は異世界へ続くドアの他に、魔法のトランクについても教えてくれていた。
「魔法のトランク……。もしかして、子供の頃に私が欲しがった、あのトランクのこと?」
使い込まれて、とても良い色合いに変化した飴色のトランクケース。これもまた無造作に部屋の隅に置かれていた。
何の革なのかは分からないが、手触りが良く傷ひとつない。
床に置いて、もう一度深呼吸。
トランクケースには鍵が掛かっていなかったので、簡単に開けることができた。
蓋を開けて、中を覗き込む。
「紙の束と、ショルダーバッグにバングル……? こっちはジュエリーボックスに見える」
それらの荷物のいちばん下、隠されるように手帳が仕舞い込まれていた。
これもトランク同様に使い込まれた革製の手帳だ。紙の色はすっかり黄ばんでいるが、リリには見覚えがあった。
「おばあさまの手帳だわ。物忘れをするようになったから、思い付いたことをここに書くようにしているって……」
懐かしさから、真っ先に手帳に手を伸ばしていた。
中を見るのか、少しだけ悩んだが、夢の中の曾祖母はトランクの中身もリリへの贈り物だと言ってくれたので、開いてみることにする。
古びた紙の匂いは郷愁を誘う。
見慣れた曾祖母の文字に、ふと口許が綻んだ。
「愛しの、リリィへ。……ふふ、おばあさまはこの手帳を私が読むことを見越していたのね」
手帳は後でじっくり読むことにして、トランクの中身を整理する。
ジュエリーボックスはライティングデスクに置き、ショルダーバッグとポーチも取り出した。
ショルダーバッグも革製で、クラシックなデザインがお洒落だ。バングルはおそらく銀製で、エメラルドの宝石が唯一の装飾。
「あとは、この紙束ね。普通の紙とは材質が違う……」
手触りからして、羊皮紙のようなものだと思われた。分厚めの紙は小さく丸められており、紐で結ばれている。
「宝の地図とか?」
軽口を叩きながら、リリは何の気なしにその紐を解いてしまった。
はらり、と床に落ちる紐を追いかけようとして、丸まっていた紙を開いてしまう。
「あ……」
手にした紙が淡く光を放ち、眩しさに目を閉じて──その瞬間、手にしていた紙が消えた。
文字通り、空気に溶けたかのように。
「えっ?」
呆然と両手を見下ろす。
紙が消えたことにも驚いたが、頭の中に誰かの声が響いたことに固まってしまった。
『スクロールを解放、鑑定スキル取得』
機械的な声音でのアナウンスだったように思う。
「スクロール? 解放って……もしかして、さっき消えたのがスクロール? 鑑定スキルって──」
そんなファンタジーな能力があるはずがない、と思っているのに。
見下ろした両手を取得したばかりの鑑定スキルが勝手に読み込んでいくのだ。
目の前に透明な板のような物が現れて、そこに文字が浮かび上がった。
どうやら、それは自分を【鑑定】したものらしく──
〈ステータス〉
レベル1
HP 60/100
MP 0/30000(魔力枯渇状態)
力 3
防御 3
素早さ 5
器用さ 75
頭脳 100
運 100
スキル【鑑定】
称号 【大魔女シオンの愛し子】
「……はい?」
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