女神と暮らす少年、没落貴族を拾って旅に出ます

@warudody3821

第1話 運命の日

青々とした草木が生い茂る森の中で僕は死人のように地面に転がっていた。

耳を澄ませば遠くで鳥の鳴く声や草木をかき分けて進む獣の音が聞こえる。視線の先の空は相も変わらず晴れやかな青色が広がっている。

少し瞬きをした後に僕はムクリと上体を起こす。


「うっ…」


上体を起こすと同時に全身を激痛が駆け巡る。視界の先の腕や足には多くの切り傷や火傷が見える。

今の僕は一流の料理人に美味しく調理された鶏肉に似てるかもしれない。そんな自分に苦笑しながら自分の体を確認しているとすぐ後ろから声が聞こえた。


「この私が教えてやっているというのに相変わらず進歩のないことだ。その有様では外の世界を旅するなど夢のまた夢だな。」


鈴の音のような美しく、そしてどこか冷たさを含んだ声。毎日のように聞くお小言に自分の不甲斐なさと申し訳なさを感じながら、

ぼくは後ろの背の高い白髪女性、〈ヘカテ〉の呆れた顔を眺めた。


「いや、本当に申し訳ないよ。もう2年くらい戦い方を教えてもらってるのにまったく上達してない。迷惑かけてごめんよヘカテ。」


僕がそう言うとヘカテはため息混じりに眉間をほぐしながら呟く。


「迷惑など。そこまで言っては無いだろうに。そもそも熟練の戦士や魔法使いが鍛錬に費やす時間など2年どころではない。お前はゆっくり強くなればいいのだ。」


後ろ向きな僕の発言にヘカテは気を使ったのか優しい言葉を投げかける。ぶっきらぼうで冷たさを感じる口調だか、なんやかんや僕の事を気にかけてくれているのだ。だがやはり、そんなヘカテの優しさに甘えている自分が情けなく思えてしまう。

僕は跳ねるように飛び起き、服に着いた土を手で落とす。


「よし!じゃあ鍛錬を再開しよう!ぐずぐずしてたらいつまでも旅に出られないよ!」


笑いながら振り返る僕に困ったような微笑みを浮かべるヘカテ。やれやれといった風にため息を1つ吐く。


「さっきまで伸びていたのに回復が速いことだ。熱心なのはいいことだが。」


そう言うとヘカテはチラリと森の奥を横目で示す。束ねられた長い白髪がヘカテの背中の奥でゆらりと揺れる。


「どうやら客人のようだ。それも招かれざる客だ。」


ニヤリと獰猛な笑みを浮かべるヘカテ。この表情は獲物を狩る時や僕が鍛錬で良い動きをした時によく見る表情だ。血のように真っ赤な瞳がニヤリと細められている。


「客人?こんな山奥に?冒険者かな?」

「いいや?私の魔力探知によると、どうやら冒険者では無いらしい。」


そう言ってヘカテはこちらを見つめたあと少し考えるように顎に手を当てて俯く。

ヘカテがこの山に仕掛けた探知魔法。それは、この辺境の巨大な山をすっぽりと埋め、山に1歩でも侵入すればすぐにヘカテに感知される。ヘカテの鍛錬で鬼ごっこをした時はどこに隠れようが攻撃魔法が飛んでくるので僕としては探知魔法に少しトラウマがある。

そうこう考えているとヘカテは何か思いついたのか邪悪な笑みを浮かべながらこちらに向き直る。


「どうやら入ってきた者達は"追う者"と"追われる者"のようだ。丁度いい。私達の領域を侵した罰だ。報いを受けさせてやれカイン。」

「報いって…そんな事情も知らずに…」


ヘカテは僕以外の人間に冷たい。

以前冒険者がこの山に自生する植物を入手するために山に入ると雷のような速度で攻撃しに向かった事がある。幸いなんとか僕が追いついてヘカテを説得して事なきを得たが、ヘカテの凶暴性を見た時はさすがに肝が冷えたものだ。冒険者の人なんか漏らしてたし。


「けど追う者と追われる者って?もしかして冒険者が盗賊を追って入ってきたのかもしれないかな。」


僕の質問にヘカテは手に持っていた杖をくるくると回しながら答える。


「そうだな。まぁそんなところだ。さぁ行くぞ。」


気怠げにヘカテは森の奥へ進む。恐らく会話をするのが面倒になったのだろう。面倒事に無気力なのは昔から変わらない。なので面倒事である薪割りや洗濯、料理などは僕が担当しているのだ。

僕はそんなヘカテについていくようにまだ傷の痛む体で森の奥へと向かった。



~~~~~



森を馬車が高速で駆け抜ける。舗装されていない道を全速力で駆け抜ける馬車はガタゴトと激しく揺れながら進んでいる。伏せていた顔を上げると馬車についている小さな窓から馬の手綱を握る従者の恐怖と焦りに染まった顔が見える。

そしてすぐに、私を乗せた馬車は馬の悲鳴と共に大きく宙を舞ったのか、強い衝撃と共に激しく横転した。


「あぐっ…!」


馬車は坂道を転がる果物のように転がった後、木にぶつかったのかその動きを止めた。私は全身を襲う痛みに悶えながら周囲の音を探る。


「やめろ…!お嬢様に手を…!!!」


少し遠くで従者の声がした。私は横転したことで自分の真上にいった馬車の扉を開いた。


「お。どうやら目的のお嬢様とやらはこいつか。」


馬車から飛び出た私の視界に飛び込んで来たのは大勢の大柄な男達と、首と胴体が離れ離れになっていた従者の姿だった。


「あぁ…」


私は自分の末路を悟った。悟ってしまった。


つい数日前まで、私はいつもと変わらない日常を過ごしていたのだ。貴族である我が家で、暖かな家族と共に。

突如として家に火を放たれ、母によって従者と共に逃がされた。3日3晩ヘトヘトになりながら逃げ続けた。最初は数十人いた従者達も一人また一人と追っ手によって命を落としていった。そして次は私の番というわけだ。こんな辺境の山で私の生涯は終わるのか。


「なかなかの上玉じゃねぇか!殺しちまうのが勿体ないくらいだ!」

「殺す前に少し楽しんじまおうぜ!依頼は殺せば問題ねぇし、少しくらいつまみ食いしても文句はねぇだろ!」


男達は下品な笑い声を上げながらこちらに近づく。

私は馬車から転げ落ちるように逃げようとする。

しかし、顔を上げ、周りを見渡せば囲まれていることがすぐに分かった。この男達は私がここから逃げ出せるなど思ってもいないのだ。それほどまでに私は詰んでいた。

近くの木を背に付けながら、私は自分に迫ってくる男達を見つめる。


「いや…」

「いや…だってよ!かわいい声を出すじゃねぇか!」

「なぁに心配すんなよ!死ぬ時は一瞬さ。それにこれから俺達と楽しい遊びをするんだからよ!」


男達が近づく。


「あぁ…」


私は自分の末路に恐怖しながら諦めるようにに目を閉じる。思えば逃亡の日々の中で自分はこうなるかもしれないと感じていたのかもしれない。そう思うほどにこの時の私はあっさりと自分の死を受け入れていた。

私を殺す足音が迫る。私はただ、それを聞くことしかできなかった。











「ふむ。いつの世も男とは変わらぬ者だな。お前はあの様になってくれるなよカイン。」

「なるわけないでしょ。仮になったとしてもその時はヘカテが叱ってくれるでしょ。」










凛とした声とどこか気の抜けた声が響く。

目を開くと男達の後ろの森から背の高い白髪の女性と癖毛の黒髪の少年がこちらを見つめながら談笑していた。

急な来訪者に私だけでなく、周囲の男達も驚愕しながら武器を構え、少年達に向き直る。


「てめぇら何者だ?いつからそこにいた?」


男の問いかけに少年は頬を掻きながら答える。水色の、今日の青空のような瞳が男を捉える。


「いつからって言われると。あなた達が馬車追いかけてあの執事みたいな人を斬ったあたりから?」

「ほぅ。つまりほぼ最初からだな。なら話が早い。お前もここで死んでもらおうか。」


男達は各々武器を構えながら少年達を見据える。

数にして20対2と言ったところだ。数では圧倒的に不利にも関わらず相対する少年達は余裕を感じられる。白髪の女性なんか退屈そうに手に持った杖をくるくると回している。

そんな白髪の女性を見た男達はニヤニヤと笑みを浮かべる。


「よく見たら隣の女はいい女じゃねぇか!胸もデケェし、今夜は2人も上玉にありつけるとはついてるな!」

「ガキを殺したやつから優先な!」

「幸運の女神様がこっちに微笑んでくれてるようだな!楽しみだぜ!」


男達は一斉に少年達に襲いかかる。私は恐怖で少年達に逃げろと叫ぶことすらできない。

しかし、少年達は冷たく男達を見つめている。


「ついてる日、か。こっちは目の前で人が殺されてとってもついてない日なんだよね。」

「手加減はいらぬぞ?私の鍛錬の時間が無駄では無かったと示して見せよ。」

「わかったよ。それにこっちには優しい女神様がついてるんだからね!」


隣の女性と話をした少年は男達へ駆け出した。

丁度向かい合う形になった男の1人が大剣を構えを横薙ぎに振りかぶった。


「クソガキの上半身と下半身いっちょ上がりぃ!」


男の丸太のような剛腕から放たれた大剣は少年の華奢な腰に当たり、



パキン



そのまま折れて宙を舞った。



「「「は?」」」



誰もが折れた大剣に気を取られている間に少年は男の懐に潜り込み、振り抜くように拳を振るった。

ここからでもわかるようなメキッという音共に、岩のような大きさの男が折れた木の棒のように簡単にくの字に曲がり、



「ぐぶふぅ!」



少年達の遙か後方にいたはずの私の横を吹っ飛んで行った。

少年は拳を振り抜いたまま男達を睨みつける。



「生憎だけど、あなた達に負けるほどやわな鍛錬はしてないし、」


静かに男達を見渡す少年のその瞳には強い怒りが見て取れた。


「あんなに容易く人の命を奪うようなやつらに僕は負けたりなんかしない!」

「中々よいではないか。私も鼻が高いものだ。」


隣の白髪の女性が上機嫌そうに微笑んでいる。その足元には何人かの男達がぐったりと横たわっている。


空に輝く太陽が黒髪の少年と白髪の女性を照らす。

これが私、ウェンディ・ベルベットと黒髪の少年カインとの出会い。幸福で変わらないはずだった私の運命が嵐のような激動の日々に変わった、そんな始まりの出会いだった。

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