悩み相談

紬寧々

浮気? 浮気じゃない?

「ほんっと、信じらんない!!」


 レトロな雰囲気が漂う喫茶店に不釣り合いな怒号が響き渡る。


「まぁまぁみかさん、一旦落ち着いて……」


 心安らぐクラシックのBGMをもかき消すボリュームに慌てて落ち着くように促した。私たち二人以外に客がいないとはいえ、お店の方に申し訳ない。

 マスターの反応が気になり、横目でカウンターを見やると、私たちの会話など気にも留めていないのか、いつものように優雅にティーカップを拭っていた。怒ってなさそうで良かった……。

 心の中で一息つくと、反省したらしいみかが少しだけ声のボリュームを抑えて再び話しだした。


「ことはもそう思うでしょ?」


「その前に一旦状況を整理させて」


 安易に肯定も否定もしないほうが彼女のためになると思い、改めて今日の話の内容を思い返すことにした。

 彼女──川上かわかみみかには、付き合って八ヶ月の彼氏──高瀬たかせとうやがいる。

 二人は今までに一度も喧嘩をしたことがないほど仲が良く、傍からみてもお似合いのカップルだ。それに一ヶ月ほど前から半同棲生活もしているらしい。

 幸せ溢れる順風満帆な生活を送っていた矢先に事件は起きた。

 昨日の夜、彼氏の家に行ったみかが部屋の掃除をしていると、彼氏のカバンの中にみかのものではない女性の下着のようなものが入ってるのを見てしまった。

 中身をしっかりと確認する前に彼氏が部屋に戻ってきたのでまだ確証はないものの、みかが言うにはあれは確かに女性の下着だったとのこと。


「で、どう? やっぱりこれって浮気だよね?」


「実物を見てないからなんとも言えないけど」

 と前置きをしてから自分の考えた意見を述べる。

「女性物の下着なら……」


 普通に考えて下着と見間違うものなんてそうそうない。であれば、女性物の下着を所持していることになり、浮気していると疑うのは必然と言える。


「やっぱりぃいいいいい」


 全てを言い終わる前にみかに遮られてしまった。

 顔を伏せてしまったので表情は読み取れないが、おそらく泣きかけているのだろう。少し涙声だったし。


「で、でも、まだ下着って決まったわけじゃないから」


 少しでも希望を持たせてあげようと言葉を捻り出した。


「それに、万が一下着だったとしても、何か持たざるを得なかった理由があるかもしれないし」


「そんなこと、あると思いますか……?」


 ゆっくり起き上がると、湿り気を帯びた眼差しで私のことを見つめてくる。うーん、言葉が見つからない。


「でも、確かにまだ確定したわけじゃないもんね。とうやは私のことを思ってくれてるはずだよね……。そう、とうやは私のことを……」


 消えかけそうなほど小さい声でブツブツ呟いている。どうやら不安と悲しみで混乱しているらしい。


「とりあえず、それ飲んだら?」


 中の氷が溶け切っていたみかのアイスコーヒーを指差す。

 考え過ぎて喉が渇いていたのか、グラスをガバっと掴むとそのままグイグイ飲み進めた。


「ぷはっ。あー、もう分かんないよ! マスター、アイスコーヒーおかわり!」


 飲み終えるとすかさずもう一杯を要求していた。


「かしこまりました」


 どうやら注文の声は聞こえていたらしく、よく通る渋い声で返事が返ってきた。


「私が言うのもなんだけどさ、とうやくんは浮気する人には見えないよ」


 素直に思ったことを口に出してみた。


「うん、私もやっぱり信じられないかも。あの優しいとうやに限ってそんなことするはずないもん。でも、直接確かめるのもなぁ」


 うーんと言い合いながら二人して長考していると、アイスコーヒーを持ったマスターが近づいてきた。


「難しく考えなくても、真実は簡単なことかもしれませんよ。何か見落としていることがあるのではないですか?」


 どういう意味かを聞き返す暇もなく、そのままカウンターまで戻ってしまった。


「何か見落としていることがある……? あ! そういえばさ、とうやくんの仕事って────」


 自分が思いついたあるについて話してみた。

 それを聞いたみかはまたしてもコーヒーを一気に飲み干し、足早に喫茶店を後にした。



 翌日、私はみかに呼ばれて再び喫茶店に来ていた。今日は悩みを聞くためではなく、


「この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 昨日のお詫びをしてくれるとのことだった。


「全然気にしなくても大丈夫だよ。こうしてパフェも奢ってもらったわけだし」


 アイスクリームを付けたメロンをあむっと食べながら気にしていない旨を伝える。


「私の早とちりが原因でお恥ずかしい限りです……」


 恥ずかしさを隠すためか、もじもじしながら俯いてしまった。なぜこんなに恥ずかしがっているのかというと、あの事件はみかの勘違いが原因だったからだ。

 下着だと思っていたものは、実はで、で働いている彼氏が売れ残りを間違えて持って帰ってしまったというオチだった。


「ほんと、相談に乗っておいてよかったよ」


「相談してなかったら、別れてたかもしれない……。本当にありがとね」


「はいはい。でも、また彼氏とのことで何かあったら、まずは私に相談してよね。みかって彼氏のことになると危なっかしいことが分かったから」


「そうするよ。今回は本当にありがとう」


「いえいえ」


 感謝を軽く流しながら今回の件が大事にならなかったことに対し密かにホッとする。

 みかも肩の荷が降りたようでいつもみたいに惚気話を私に聞かせてくる。


「それでさー、"俺はみかのことしか見てないよ"なんて言われちゃった。えへへっ」


「イチャイチャが元に戻ったようで何より。あーー、人のお金で食べるパフェはおいしいなー」


「言い方が最低だよ」


「「あはははは」」


 二人して笑い合った。


 ねっとりとした甘い味は、未だ口いっぱいに広がっている。


 ほんと、人から貰ったものっておいしい。


 良かった、だってバレなくて。



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