第6章 火星に夢上陸

第32話 おやすみから朝チュン

 翌朝、オレは過ちの十字架を背負わなくて済んだ。


「はよーん」

「おはようございます。密流くん」


 彼は爽やかそうで、まさかの朝チュンがなくてよかった。

 この考えは読まれてはならない。

 恥ずかしいから。

 男性だろうと女性だろうとおはようからおやすみまでは、分かるだろう。

 だが、おやすみからおはようまでを分かるように教えてくれる機会が少なかった。

 学校の教科書とドラマがリンクしていないというか。


「のびのび、うーん。どれ程眠っていなかったのかな。深く落ちて行く感じだったよ」


 オレは、睡眠後二時間十三分で、一度目を覚ました。

 くっついて毛布も巻いていたせいで、蒸して寝苦しくなったからだ。


「密流くん、大丈夫ですか。頬が赤いですよ」

「アイス……」

「愛す?」

「アイスクリーム食べたいな……」


 寝言ですよね。

 揶揄われた気もするけど。

 しょっちゅうそんな感じの彼だからと誤解をしてはいけない。


「がっかりしたので、寝直します」


 寝直そうと思ったら、寝付き難くなって面倒なことになっていた。

 幾つかこれまでのことを思い出しながら夢の世界に泳ぎ着けた。


「たー」


 オレは、自分の声で起きた。


「キックされましたね」


 目の前で枯れ木がぐったりしているみたいな暴れアルパカを疑う。


「ふわふわのもふもふはいいのですが。キックを無断でしてはいけないでしょう。膝が痛いですよ」


 アルパカ密流の姿勢を楽にして、フネの反対側に寄り掛かるようにした。


「パカパカ、パカ?」

「夢ですね。はい、はい」


 普通はアホ面になるアングルでも密流くんは可愛い。

 アルパカだからだ。


「ああ、寝かせてほしいのですが」


 そして、午前六時となる。

 イグザスが微かに振動して、正確な時刻で起きられた。


「朝チュンの謎が初めて分かりました。あれは、寝相のいいカップルでないとあり得ないかも知れません。ドラマは幻想を描いていましたね」


 オレが幻滅気味になっていると、自由なアルパカ密流くんが目覚めた次第だ。


「はよーん」

「おはようございます。密流くん」


 毛布を取って畳む。

 銀の船に入れてみた。

 僅かな重さで沈むといけない。


「早速ですが、バランスを取りながら乗り込んでみましょう」

「お風呂に入りたいね。ふあーあ。朝シャン」


 ぎく。


「水がないですよ。もし、あるならば飲みたいでしょう」

「そっか」


 彼が、船ではなくてその周囲を指を銜えて見ていた。


「分かっていますよ。『薔薇の花道は泳げないの?』と、仰りたいアルパカ気分ですね」

「あ――! その微に入り細を穿つ的な?」


 真っ直ぐにオレを指差した。

 人を指差したらいけないのだが。


「気配りとは違いますよ。伝わってきたのです。寝相ねぞう悪僧わるぞう可愛かわいいぞうですよ」

「うりゅ。僕が二人いる感じが否めないな」


 掴まえて抱っこした。


「ほら、乗ってくださいね」

「むにゅー。静脈の勝ち」


 時々、訳の分からない部分はスルーしよう。


「オレも乗るので、気を付けてください」


 薔薇の花道がぐっと沈んだ気がした。

 深く行くと危ない。


「オールを取りますから、膝を上げてください」

「パカパカ」

「え? 本当にアルパカでしたか」


 さっとオールを出して漕ぎ出した。

 スイー、スイー。


「毛布の分、重くなるかと思ってたんだよね。大丈夫だよ」

「すみません。石橋を叩いても渡らないのが秘だって、お母さんに言われてましたよ」


 親ですから、いいにつけ悪いにつけバレてました。


「当たっているかも」

「ことわりきれない質もここからきているのかも知れませんね」


 小さなことだけれども、皆の嫌がる係とか役とかよく引き受けてきたな。

 高校の部活も演劇部を希望していたのに、器楽部になった。

 担当はピッコロだったよ。


「誰がそんなことを言い出したの? 高塔さんは、イエスもノーも表現できるよ」


 本当のことを伝えたら、密流くんのママ伝説が崩れるかも知れない。

 どうしようかと思って、オールを静かに漕いでいた。

 信頼をしようとお互いに思い合えるなら、彼がオレに告白してくれたように、少しだけ勇気を出そう。


「オレの弟妹達なのですよ。二人の弟は、一番小さい妹の稲が可愛かったのでしょうね。お母さんが、長男だからと、いいつけた留守番がしっかりできていないと、やらかした張本人は黙っているのです。オレは、本当のことを知っていても言い付けたら卑怯者だと、口を貝にしていました」


 密流くんは、オレのおでこにおでこを当てた。

 目を逸らせられない。


「僕の前でもそうなる? 正直になれない?」

「ふふ……。心配してくれているのですね」


 スイー、スイー、スイー。

 薔薇の花道が沈んだ。

 深みに嵌った。


「あぶな――! 密! 手!」

「――助けて」


 オレも頭からピンクの薔薇に突っ込んだ。


「手! 手!」

「あうう……」

「沈むな!」


 これが密流くんか?


「手か?」


 一気に引き上げた。

 理解するのに一秒もかかった。


「うあああああ」


 青い物体だ。


「な、なんでここに?」


 オレは、密流くん以外の驚くべき手を掴んでいた。


「そんな、まさか。いや、まさか」


 まさかとしか言いようがない。

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