第6話

 うーん。あれから数週間経ったけど、この力の使い道には悩みっぱなしだなぁ。もちろん今も職場で野菜や果物を長持ちさせたり、同僚の疲労や小さな傷をコッソリ治してみたりはしているけども。


 それでもやはり宝の持ち腐れ状態なのは変わんない。


 世の中のニュースで人の生き死に関するものを見聞きするたび、私なら助けてあげられるのに…と物凄いジレンマに陥る日々だ。だけどそんなの、この世界のためにならないと分かっているから手が出せない。ううーん。私がもっと生真面目な性格だったら、一瞬で心が病みそうな状況だわね。


「人はね、1人の人間として出来る範囲で、出来るだけのことをすれば良いだけなの。それ以上のことは、きっと神様の領域よ。人であるあかりのすることじゃない」

 私の力のことは知らないはずなのに、お婆ちゃんはそう言ってくれた。


 前世の世界では、大聖女は神の代理人だった。

 だから、どんな奇跡であっても、力の限りやらなくてはいけなかった。


 でもこの世界では人間は人間。神の代理人なんかじゃない。

 そして奇跡の力は麻薬と一緒だ。便利過ぎる力は、人から思考能力も、向上心も奪ってしまう。

 停滞した人類に未来はない。

 だから私のこの力は、死ぬまで隠しておくべきものなのだ。


 それは解ってる。

だけど……でも……。


 せめてもう少し。

 ほんの少しで良いから。

 何かを救うことは出来ないものか。


 ぐるぐると堂々巡りする思考。

たぶんこれは、いつまで考えたって答えの出ないものだ。


「あれ?…君、こんな遅くにどうしたの??」

 そんなある冬の日の仕事帰り、私は、歩道のベンチに座り込む男の子を見つけた。時刻はそろそろ夜の8時。いくら街中とは言っても、小学4~5年生くらいの子供が、1人で居ていい時間じゃない。

「気安く声かけてくんなよ。怪しい女め」

「口悪いな、君」

 まあ確かに見ず知らずの女だけども。心配して声かけてんのに、バッサリ一刀両断すな。

「可愛いね。君んちの猫?」

 ほっとこうかな??と一瞬思ったが、やはり様子がおかしいので、立ち止まって同じベンチへ座った。男の子はたじろいで身を引いたが、逃げることはせずに膝の上の猫ケージに手を置く。

 ケージの中には黒っぽい縞のある猫が、ぐったりとうずくまっていた。


 一目でわかる。

 この仔は、死にかけている。

 ふと見まわすと、近くに動物病院の看板が見えた。

 ああそうか。と、何も聞かずして私は事情を察した。


「もう、駄目なんだ…これ以上治療できないって、先生に言われた…」

 私が猫について話を振ると、警戒していた男の子は途端に、涙を滲ませながらそう話してくれた。

「こいつ、俺の飼い猫でミルって言うんだけどさ…仔猫の時、死にかけてたのを拾ったんだ」

「……そうなの。ほっとけなかったんだね?」

 なんだ。口悪いけどいい子だ。思わず心の中でホッコリする。

「うん。でも、お母さんは最初、飼うの反対してた…俺、必死に頼んでさ…そしたらお母さん、ちゃんと世話するのよって…そんで、飼って貰えることになったんだ」

 それから3年。男の子は母親との約束通り、猫の面倒をきちんとみた。最初は反対していた母親も、実は猫好きだったらしく、彼の猫を家族として可愛がってくれたそうだ。


 けれど猫が3歳になった頃から、体調を崩して病院へかかるようになった。

 診察の結果、猫は内臓系の病気であり、完全に治す方法がないと告げられたらしい。


「悪くなっても、タイショリョウホウ?ってやつしか方法なくて…たぶん、もう、長くは生きられないって、今日はっきり言われた……」

 そこまで語ると男の子は、耐え切れなくなったように、大粒の涙を零してひぐひぐ泣き始めた。 

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八百屋勤めの聖女様 RINFAM @rinfam

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