ずぶ濡れ赤ペンガール

夢ノ命

第1話 《私は私のことを書く》


 私は世の中で一番赤ペンが好きだ。


 どうしてかは判らない。


 校正者という仕事のせいもあるだろうが、それにしても私だってこれほどのものとは思わなかった。


 気がつくと、ついつい赤ペンを握ろうとしてしまうのだ。


 最近では、私の幸福とは、赤ペンを握ることだったんだ、と、うっかり悟りかけてしまうほどだ。


 絶対ちがうの! と思いたい。


 嘘でもいいから、赤ペンといい関係、などということに、大事な二十代を費やすなんてもってのほかなんだから。


 三十歳近い今になって、馬鹿馬鹿しく、赤ペンに向かって「私の人生返して!」などと、怒鳴ってしまったら最後だ。


 残りの人生、赤ペンのひもになるしかない。


 事がそういうことに及ぶ前に、なんとかして、赤ペン(けっこういい奴なんだけれど)から離れられないものだろうか?


 校正の仕事は辞められない。


 これって、きっと天職に違いないと、私自身、どこかで思っている節がある。


 とことんやっていくだろう。


 でも、仕事以外の時に、絶えず赤ペンを手で触れていないと気が済まないのは、なぜなんだろう?


 別に手のひらのつぼを押してくれて気持ちいい、ということもないのに、ホントに困ったもんだ。


 おっとそれは私のことか。


 思いきり人事みたいに自分を扱うのって、どこか大人のセンスを感じて、ついつい癖で。


 常に冷静で客観的なキャリアウーマンに、右にならえをしてしまう。


 そんな前向きなOLは、私だけではないはずだ。


 も赤ペンとおさらばするために、私はひそかに、小説家を目指すことにした。


 もちろん黒ペンで書いている。


 黒ペンを握れば、赤ペンは握らなくなるだろうという私のアイデアは正しいと思う。


 思うに人間は、同時に二つのペンを愛することができるほど、器用に出来てはいないのではないか。


 私は小さい頃から、モンゴメリ原作の【赤毛のアン】にあこがれていたから、小説家を目指すのも悪くない。


 夢見がちなアンの世界を、私は二十八歳になった今でも、理解できる気がする。


 「にんじん!」なんて馬鹿にされたら、私だって切れる。


 ギルバート少年を、フォークで八つ裂きにして、ケチャップかけて、血祭りだ。


 おっと、そこまでしたら、物語は終わってしまう。


 切れた少女の物語なんて、茶番劇だ。



 気を改めてみる。


 そうだ、私は、私のことを書くしかないのだ。

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