#20

 本部へ事情を説明した後に、銀行へ走り、お釣り用のお金を用意した。

 店長へも連絡をしたが、電話はつながらなかった。

 午前中は、忙しかったが何とかこなした。学生バイトの二人も一生懸命に働いてくれて、かなり助かった。何より、飯田さんがいつもの倍以上にきびきびした動きで働いてくれたおかげで、あんなごたごたがあったにも関わらず、その他の問題はなく、お店を回すことができた。

 十二時頃に、本部の社員が到着した。

 初めて会う人だった。

「はじめまして、宮本です」

 そう言って、名刺を差し出してきた。宮本さんは、三十代後半に見えた。細身で眼鏡をかけていたが、インテリというよりも営業マンのような話しかけやすい雰囲気のある人だった。

「西田です」

 名刺を受け取る。

「たいへんでしたね。今日は……。ちょっとお話し聞きたいんですが、今大丈夫でしょうか?」

 飯田さんの方を見ると、「こっちは大丈夫だから」と言ってくれた。

 宮本さんと僕はスタッフルームに向かった。

「ちなみ、店長は……今日は?」

「欠勤していまして、先ほど連絡したんですが、つながらなくて……」

「そうですか……。まいったな」

「すみません」

「いやいや、西田さんが悪いわけではないので」

 僕は、昨日の夜、飯田さんがレジのお金を金庫にしまったという話から、事の顛末を話した。

「ところで飯田さんは社員ですか?」

「いえ、アルバイトです」

「どうして、アルバイトの方が金庫の暗証番号を知っているのですか?」

 宮本さんの顔が険しくなる。

「この店舗は、社員が僕と店長しかいません。なので、アルバイトの中でリーダー業務をやれる人で、かつ閉店までの時間で勤務してくる人には、暗証番号を伝えていました」

「そうですか……。まあ、うちのグループは店舗での社員登用が少ないので、そういったケースも仕方がないですね。ちなみに、金庫の暗証番号を知っている方は何人ですか?」

「僕と、店長、それから、飯田さんと……橋本さんの四人です」

「そうですか……あまり多くはないですね」

「金庫の暗証番号はなるべく、教えないようにしていたのと、閉店までの時間で勤務してくれる人があまり多くはありません」

「わかりました」

 宮本さんは、一つため息をついた。

「あんまり、考えたくはないのですが、金庫に、壊された形式がありません。店内もそうです。荒らされていなかったのですよね?」

「そうです……」

 それらのことが意味することは、僕にもよくわかった。

「まあ、違った時に問題になるので、余計なことは言わないようにしますが……。とりあえず、店長とも話をしておきたいのですが、連絡はとれませんか?」

 僕は、もう一度店長へ連絡した。しかし、留守番電話になってしまった。

「わかりました。でしたら、西田さんが代わりに、監視カメラの映像を確認してもらえますか?」

「……はい」

 監視カメラの映像を確認するには、パスワードが必要だった。このパスワードは本部の職員しか知らない。

 宮本さんは、カバンからノートパソコンを出し、電源を入れる。

「西田さんは長いんですか?」

 宮本さんが言った。

「はい?」

「西田さんは、ここに勤めてどれくらいですか?」

「十年くらいです」

「実は、結構、こういう事件って多いんですよ」

「そうなんですね」

「それで、一番多いのが、勤めてから十年くらいですよ」

「え?」

「冗談です。冗談」

 宮本さんがそう言って笑った。

「すみません。悪い冗談でした」

「あ、いえ。大丈夫です」

「でも、西田さんがいてくれて助かりましたよ。おかげで、お店を止めずに済んでる」

「僕というより、飯田さんのおかげです」

「飯田さんですか?」

「ええ。飯田さんって、前はサラリーマンやっていて、バリバリ働いていたみたいです。今も自営で仕事しながら、空いた時間、アルバイトに来てくれているんです。だから、すごい仕事が出来るんですよ」

「そうなんですね。そしたら二人のおかげですね」

 宮本さんはニカッと笑った。

「起動できました」

 宮本さんが、パスワードを入力し、監視カメラの映像がパソコンに映し出された。

 はじめに、昨日の夜の映像を見る。

 飯田さんが、レジのお金を金庫に入れているのがきちんと映っていた。

「確かに入れていますね」

 宮本さんが言った。

 飯田さんは、その後すぐに帰宅したようで、部屋の電気が消え、映像は真っ暗になった。

 早送りをする。

 しばらく、真っ暗な映像が続いた。僕らは、黙って画面を見つめる。

 その間、僕の心臓はどんどんせり上がってきていた。

 嫌な予感がするのだ。

 どうか、どうかその予感が現実にならないように、祈りながら、画面を見つめた。

 十分程経過した頃、画面がパッと明るくなった。

 宮本さんは映像を一時停止させる。

 時刻は、夜の十一時二十分。

「あやしいですね……」

 映像が再生させる。

 スタッフルームのドアがゆっくりと開く、人影が写る。

「顔分かりますか?」

 宮本さんが言った。

 僕は、返事をしない。肺に上手く空気が入らず、言葉が出なかったのだ。

 映像の中で、その人影は、周りを気にしながら、金庫に手をかけた。そして、金庫が開いた。

「確定ですね」

 映像には、お金をカバンに詰め込む姿まで、しっかりと映っていた。

「職員ですか?」

 宮本さんが言った。

「西田さん?」

「……はい」

「しっかりしてください」

「はい。……職員です」

「そうですか……残念です」

 嫌な予感は的中してしまったようだ。

 映像に写っていたその人は、確かに、橋本さんだった。

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