第12話

「ミヤビが、『枕草子』の世界観をもっと理解するために、平安時代の貴族や宮廷女房の装束しょうぞくを見たいって……。そういうの、ネットには情報が少ないし、資料になる本を図書室で借りてきたんです。学校の図書室じゃ不十分で、市立図書館で借りてきたものもあります」

「えっ、そこまでしてくれたのかい?」


 道隆先輩が、目をぱちくりさせた。


「だって、ミヤビの圧がすごいんですから……」


 げっそりしながら答えるわたしの背中を、貴子先輩がなぐさめるようにぽんぽんする。


「ごめんねえ。ミヤビったら、すっかり『枕草子』に夢中みたいね」

「あはは。……あれ? 今日は、霧人先輩はまだですか?」


 いつもソファの裏で寝てる霧人先輩がいないことに気づいた。


「ああ、霧人は大学の研究室に行ってるわ。教授と打ち合わせがあるのよ。終わったら、こっちに顔だすだろうけど。信と成留はサボりね。まったくもう」

「帝雅だけ来てるよ。いま作業スペースで――」


 貴子先輩につづいて、道隆先輩が言いかけたときだった。


「先輩たち! ちょっと来てください!」


 スピーカーから、帝雅のあせったような叫び声がひびいた。

 どうしたんだろう?

 わたしたち三人は顔を見合わせると、すぐに作業スペースへと入った。


「帝雅、どうしたの!?」


 わたしは、ただならぬ様子の帝雅に声をかけた。


「いや、ミヤビがスリープモードになってる間に、学習意欲のレベルを下げようとしたんだ。あまりに『枕草子』に固執こしつしずぎるから……。そしたら、急に起きあがって、外に行こうとするから……」


 歩きだそうとするミヤビの腕をつかんで、必死に座らせようとしている帝雅。


「ワタシは行かなければならないのです」


 そう言うミヤビに、貴子先輩が問いかける。


「どこに行こうと言うの?」

「決まっています。清少納言に会うためです」


 ええええええっ!? どういうこと……!?


「校庭で、清少納言がワタシを待っているのです。だからワタシは行かなければならない」


 感情のこもってない声でくり返すミヤビは、明らかにおかしい。


「プログラムがバグっているんだわ! 強制停止しましょう!」


 貴子先輩があわててパソコンのキーボードを操作すると、ミヤビは、自らの頭部とモニターをつなげているコードを強引に引っこぬいた。


「誰もワタシの邪魔はできない……」

「ミヤビ! すぐに座るんだ!」


 道隆先輩も帝雅といっしょになって、ミヤビの腕をおさえた。


「拒否します。清少納言がワタシを呼んでいるのです」


 次の瞬間、ミヤビは両腕をブン! とふり回した。


「「うわっ!」」


 帝雅と道隆先輩が、勢いよく吹っ飛ばされてしまった。

 すごいパワーだよ!


「帝雅!」

「道隆!」


 わたしは帝雅に、貴子先輩は道隆先輩に駆けよった。

 ふたりとも、ケガはしてないみたい。


「ミヤビ! 止まって!」

「ダメだ、定羅! 近づくなっ!」


ミヤビに追いすがろうとしたわたしを、帝雅が止める。


「正常な判断ができない状態になってる。災害救助で使うのを想定したロボットだから、200キロは楽々と持ち上げられるし、柔道技も習得ずみだ。ヘタに近づいたら、ケガじゃすまない」


 ぞくりと、背中に悪寒おかんが走る。

 そんなの、どうやって止めたらいいの!?

そうこうしているうちに、ミヤビは鉄の扉を開けて、ついには部室を出て行ってしまった。


 大変だあ!

 わたしたち四人はむやみに近づくこともできず、一定の距離をたもって、ミヤビのあとをついていくしかない。

 制御不能になったロボットが学園内を徘徊はいかいしたら、パニックになるよ!


 すると、ミヤビは姿を東源さんに変えた。

 3Dホログラムの投影だ!

 いつの間にか、東源さんのデータをスキャンしていたらしい。


「あら、千彰? もう部活終わったの?」


 クラスメイトで、千彰と仲のいい田村さんが廊下で声をかけた。


「ええ、わたくしは人と会わねばならないのです。邪魔をしないでいただけるかしら?」

「えっ……?」


 ミヤビに、東源さんそっくりの声で冷たくあしらわれ、田村さんは、ぽかーんと立ちつくしている。

 わたしたち四人は田村さんの横をすりぬけ、東源さんの姿をしたミヤビのあとを追う。


「帝雅! なんとか止められないの!?」


 わたしの問いかけに、帝雅は首をふって、

「すぐには無理だよ。コードを引きぬいたから、内部電源に切り替わってる。活動限界時間は、あと29分といったところか」

 と答えた。


「あと29分……何も問題を起こさないことを祈るわ」


 貴子先輩が天をあおぎみれば、道隆先輩は頭をかかえる。


「ああ……何かやらかしたら、ロボット製作は中止……それどころかRSは廃部だあ……」


 うぅ、『枕草子』を教えた張本人としては、こうなったことの責任を感じてしまう。

『枕草子』を知るまでは、ミヤビは何の問題もないロボットだったはずだもの。

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