5 暴走です!

第11話

 当たり前のことを、相手が納得できるよう説明するのって大変だ。

 寝てるときに飛んでくる蚊が、どんなに憎らしいか――ネットで蚊の資料を調べたりして、必死に説明した。

 ミヤビも何とか理解してくれて、ホッとしていたら。

 質問はさらに続いたんだ。


 とにかくミヤビは『枕草子』がエラく気に入っちゃったみたいで。

 書かれていることを完ぺきに理解しようと、あれやこれやと、わたしを質問ぜめにしてくる。

 かれこれ一週間たっても、ミヤビの質問は終わらない。


 ここで、『枕草子』について、おさらいね。

 平安時代中期、女房として中宮定子に仕えた清少納言が書いた随筆が『枕草子』なの。

 女房とは、簡単にいうと秘書みたいなもので、お仕事の中心は「中宮さまの話し相手になること」なのだけれど、これは誰にでもつとまることじゃない。

 教養があって、話し上手・聞き上手で、とびきりセンスのある女性だけが、宮廷で働く女房になれたんだよ。

 当時の女性にとっては、花形の職業についていたのが清少納言ってワケ。


 そもそも清少納言は、有名な歌人だった清原きよはらの元輔もとすけの娘。お父さんから漢詩や和歌(五・七・五・七・七の三十一音からなる短歌)を学び、立派な教養を身につけたんだよ。


 ちなみに清少納言というのは、あくまでも女房として働くときのニックネームみたいなもの。ちゃんと本名が別にあったはずだけど、それは記録が残っていない。

『枕草子』は、中宮さまから与えられた草子――今でいうノート――を使って、自分がステキだと感じたこと、好きなもの、嫌いなもの、みやびやかな宮仕えの思い出などを、自由に、思いつくままに書きつらねていったもの。


 第一四六段「うつくしきもの」より。

 うつくしきもの(中略)。

 二つ、三つばかりなる稚児ちごの、いそぎてひ来る道に、いと小さきちりのありけるを、目ざとに見つけて、いとをかしげなる指にとらへて、大人ごとに見せたる、いとうつくし。

(かわいらしいもの。二、三才くらいの幼児が、急いで這ってくる途中に、とても小さいチリがあったのを目ざとく見つけて、とても愛らしげな指でつまんで、大人などに見せているのは、実にかわいらしい)


「うつくしき」=美しいっていう意味じゃなくて、小さなものをかわいいと思う感情をあらわしているんだよ。


 ミヤビは、この段が気になったらしく、

「幼児をかわいいと感じる理由がわからない。人間は、どうしてそう感じるのか?」

 と質問してきた。


 そんなこと聞かれても……って感じだけど、小さな子どもの画像を何枚も見せて、人間ならば、愛おしく思うのは当然なんだよって、帝雅といっしょに繰り返し説明した。


 また、ミヤビは、この段についても質問してきた。


 第一七八段「宮にはじめてまゐりたるころ」より。

 宮にはじめてまゐりたるころ、物のはづかしき事の数知らず、涙も落ちぬべければ、夜々まゐりて三尺の几帳きちょうのうしろにさぶらふに……

(中宮さまに初めてお仕えしたころ、何となく恥ずかしいことが数えきれず、今にも涙がこぼれてしまいそうなので、夜ごとに参上して三尺の御几帳のうしろに控えていると……)


 これは、清少納言が宮仕えを始めたばかりの緊張感を、正直に書きつづっている段なんだ。

 中宮さまに顔を見られるのも恥ずかしいから、明るい日中には自分の部屋を出られず、夜になってから、ようやく出勤したらしい。

 しかも、中宮さまのそばには近づけず、仕切りのカーテンみたいなものの陰に隠れる始末。


 ミヤビにしてみれば、

「栄誉ある宮廷女房になれたのに、なぜそんなに恥ずかしがるの? 誇らしい気分になるはずでしょう?」

 という疑問がくらしい。


 わたしは、清少納言のキモチがわかりすぎるくらい、わかるけどなぁ。

 華やかな宮廷の女房なんて、キラキラした女子ばっかりだろうし、気おくれするのも無理はないよ。

 緊張して、ちぢこまってしまう心理について説明したら、ミヤビも何とかわかってくれた。

 そしてまた、今日も――。


「こんにちはー」


 わたしは、両腕いっぱいに何冊もの本をかかえてRSの部室へとやってきた。


「いらっしゃい」

「やあ、定羅ちゃん」


 いつものようにソファで紅茶を楽しんでいる貴子先輩と道隆先輩が、にこやかに出迎えてくれた。

 もう、すっかり顔なじみだ。


「ちょっと置かせてくださいね。重くって……」


 わたしは、手近にあった作業机に本をドサッと置いて、ふぅ……と息をつく。


「どうしたの、そんなに……?」


 貴子先輩が目を丸くする。

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