いとエモし! ~復活の清少納言~

立花鏡河

1 冬は早朝がイイ?

第1話

 春はあけぼの。ようよう白くなりゆく山ぎわ、すこし明かりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。

(春は夜明け前。夜空の、東の山の上からだんだんと白くなっていって、やがて少し赤みをおびて明るくなり、紫がかった雲が細くたなびいているのが風情ある)


 今から千年も昔――平安時代中期に書かれた随筆ずいひつ枕草子まくらのそうし』は、こんな書き出しで始まる。

 筆者は、言わずと知れた清少納言せいしょうなごん。一条天皇のきさきである中宮ちゅうぐう藤原ふじわらの定子ていしに仕えた宮廷女房の清少納言は、千年たった今も読みつがれている『枕草子』を書き残した偉大な女流作家だ。


「春はあけぼの~」には続きがあって、

 夏は夜。

 秋は夕暮れ。

 冬はつとめて。

 ……といった感じで、四季折々おりおりの、清少納言が好きな時間帯を示して、その美しさを表現している。


 そして、現代の日本。令和六年十二月一日――。

 季節は冬本番に入ってきた。

 清少納言は、冬についてどう書いているかというと……。


 冬はつとめて。雪の降りたるは言うべきにもあらず。しものいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭もてわたるもいとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶ひおけの火も白き灰がちになりて、わろし。

(冬は早朝。雪が降り積もっているのは、もちろん言うまでもない。霜が真っ白におりていても、そうでなくても、ずいぶんと寒い早朝に、火を急いでおこして炭を運んで行きするのは、いかにも冬という感じがする。昼になって、寒さが薄らいで暖かくなってゆくと、丸火鉢の火も白い灰のようになって、残念だ)


 つまり……「冬は早朝がイイ!」って書いてあるんだ。

 いやいや、清少納言さん! 『枕草子』はわたしの愛読書だし、偉大なあなたのことは尊敬してるけど、こればっかりは同意できないよ!

 冬の早朝は寒すぎて、お布団から出るのが覚悟いるもん。

 清少納言さんみたいに思える日は来ないと思うよ。


 それに……今年は十年に一度の寒波がやってきてるとかで、例年より寒いんだ。

 わたしが住んでる【あけぼの市】は真冬でもめったに雪の降らない街だけど、今年は降るんじゃないかと言われてるほど、しっかり寒い!

 しかも今朝はびゅ~びゅ~風が吹いてて、もう最悪!

 わたしの肩にかからないくらいの髪が、風にあおられてとんでもないことになってる。

 手袋とマフラ―だけが味方だ。


 通学に使ってる電車を降りたあと、冷たい風に身体を縮こまらせつつ、しばらく歩く。

 心の中で清少納言に愚痴ってるわたしは、琴宮ことみや定羅ていら。中学一年生。

 定羅って変わった名前でしょ?

 映画好きの両親が、昔のハリウッド女優のエリザベス・テイラーにちなんで名付けたんだって。


 やがて見えてきたのが、わたしが通ってる私立清涼せいりょう学院の校門――。

 校門をくぐろうとしたら、そこへ一台の黒ぬりの高級リムジンが止まった。

 運転手の人に後部座席のドアを開けてもらって、颯爽さっそうと降り立ったのは、クラスメイトの東源とうげん千彰ちあきさんだ。


「ごきげんよう、琴宮さん」

「あっ……おはよう、東源さん」


 わたしと目が合った東源さんがにっこりとほほ笑み、優雅に挨拶してきたから、あわてて挨拶を返す。


「教室までご一緒しましょう」

「う、うん……」


 いつも挨拶ぐらいの間柄だから、とまどいつつ、うなずくわたし。

 東源さんは日本有数の資産家のひとり娘。過去に、危うく誘拐されかけたことが数回あるらしい。

 そんな筋金すじがね入りのお嬢さまだから、電車通学なんかするわけもなく、こうして専属運転手に高級車で送迎される毎日なんだ。


「千彰お嬢さま。本日は部活はございませんでしょうから、十五時にお迎えに上がります」

「いえ、今日はちょっと用事があるのよ。十六時にしてくれるかしら?」

「かしこまりました。では、行ってらっしゃいませ」


 わわっ、こんなやりとり、漫画やドラマでしか見ないよ。

 うやうやしく頭を下げた運転手さんを残して、わたしと東源さんは中等部の校舎に向かって歩きはじめた。


 清涼学院は中高一貫校で、校舎は別れていて、敷地も広々としている。

 ふたりで歩いていると、他の生徒たちの視線が突き刺さっていることに気づいた。

 もちろん見られているのは、わたしじゃなくて東源さんのほう。

 女子は羨望せんぼうのまなざし、男子はハートマークになったまなざしを向けている。


 東源さんはお嬢さまであるばかりか、しっかり可愛いのだ。天は二物を与えちゃってるのだ。

 腰までのびた黒髪はつややかで、お人形さんみたいに整った愛くるしい顔立ち。

 所作しょさも気品があって美しくて、有名デザイナーが手がけた学院指定の制服もバッチリ着こなしてる。

 セーラー服のえりとスカートが和柄デザインの生地きじになっていて、とっても素敵だけれど、着る人を選ぶんだよね。

 地味なわたしは、いつまでたっても制服に着られてる感じになっちゃう。

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