弟を探せ!

加賀倉 創作【書く精】

第一話『黒い新風』

——世界ボクシング王者決定戦 二〇四九年大会 決勝戦


 オットー・フェルトンVSルイ・ジョーンズ。


 ルイ・ジョーンズは、四年連続、決勝でオットー・フェルトンに判定負けしている。

 今大会も、試合開始直後から、オットー側の優勢が続いていた。


 赤コーナーのオットーは、呼吸をひとつも乱さず、抜群のフットワークで、ルイを翻弄ほんろうしている。

 一方ルイは、第二ラウンドにして早くもバテ気味で、足がふらついている。

 圧倒的オットー優位に見えたが、当の本人の出方はかなり慎重で、安易に相手の懐に入る気は、まだ無いようだ。


「さぁて、ここで膠着こうちゃく状態に入りました。オットー、ルイ、互いに睨み合う!」

 実況アナウンサーの声には、今大会最大の熱が込められている。


 ふくらはぎと見紛うほどに極太の二本、腕橈骨筋わんとうこつきんを盾にする、

 盤石なオットーの守りに……


 ルイはがむしゃらに飛び込む!


 重めの右フック。


 ……一拍置いて、


 重めの左フック。


 ……一拍置いて、


 なけなしの右フック。

 それがリピート。

 左でもう一声。

 ルイの腕はもう伸びていかない!


「おーっと! ここでルイが攻勢に出たが……!? オットーにはあまり効いていないようです!」

 

 ルイの無念を告げる実況の声と、ルイの激しい息切れとをしかと両耳に入れたオットーは、ニヤリと微笑む。反撃の合図だ。


 会場が静かに見守る中……


 オットーは、

 左脚をルイの側に置き、

 わずかに半身の姿勢、

 小刻みなステップで、

 ジリジリと詰め寄る。


 ルイの不安定な前腕ガードが上げられる。


 オットーの、

 強めのジャブが、

 右、

 左、

 右。

 ルイはなんとか前腕で受け切る!


 中程度ジャブが、

 右、

 右、

 左、

 左。

 ルイの胴に二発ほどヒット!


 弱めのジャブが、

 左、右、左!

 左、右、左!

 体中で受けるルイ!

 からのおまけに、

 強右きょうみぎジャブは左頬にヒット!

 

 右フック!

 左フック!

 それは往復ビンタのごとく、

 右フック!

 左フック!

 頭部に打撃!

 致命傷ならずもおまけに、

 右ストレートルイの顔面ド真ん中!

 ルイのガードがやや下がる。


 中程度ジャブが、

 左、右、

 左左、右右、

 ルイのガード完全崩れ、

 また左ジャブ次間髪を容れず右ストレート!!

 ルイの顎を貫き振り抜いた!!!!

 だが仰け反らずに地に足着くルイ。


 その時、

 オットーの体重が、

 ほんの少し、

 素人目にはわからないほどわずかに、

 ごく一瞬だけ、

 左膝にのしかかる。


 ルイはその隙を見逃さなかった!

 

 刹那……

 

 ルイは何の予備動作もなく豪速の右フックを繰り出す。

 

 右の拳と左頬の衝突。


 オットーの頭は右耳が右肩にめり込むくらいに折れ曲がる! それと同時にオットーの左頬がプッチンしたてのプリンのごとくプルプル震える! しかしオットーは人類最強と謳われた男。それではまだ倒れない。オットーは何事もなかったかのようにファイティングポーズへと体勢を整える。この間約れいコンマれい一秒。次の瞬間……



 \\ボゴォ!//



 ルイの強烈な左アッパーが、オットーの顎に炸裂。

 アッパーが入るのとに、

 オットーは、

 口から鼻から汗水滴る頭と顔から、

 ありったけの液体リキッドを爆散、

 ロープを背で受け反発し、

 気を失って脱力し、

 顔面から、

 地に突っ込み倒れた。


 興奮したルイは倒れるオットーに、

 次の一発を叩き込もうと腕を振り上げたが、

 レフェリーが慌てて止めに入った。

 

 オットーは何とか片方の肘を地につけたようだったが、大事をとってすぐさま救護班によって場外へ運ばれていった。


 失神KO。

 試合は終了した。


「……勝者は青コーナー、ルイ・ジョーンズ!! なんと! ルイ・ジョーンズが! オットー・フェルトンを! 下したあああああ!!! 絶対王者オットー・フェルトン敗れたり! 四年間という積年の屈辱を晴らし、ルイ・ジョーンズが、頂点に、躍り出たあああああ!!!!!」

 レフェリーが、ルイの青いグローブを掴み天めがけて突き上げさせると、実況アナウンサーは興奮しながら、リングヘ上がりマイクをルイの口元に持っていく。

「はぁ……はぁ……やっと……オットーに、勝てました。彼は俺の目標であり……俺の、憧れでした。彼がいなければ、俺は、俺はこの四年間、ずっと優勝できたかもしれない。しかし……これは、これだけは言える。決して…………今ほどは強くなれなかった。俺をここまで強くしてくれたオットー・フェルトンに、感謝します。彼はさっき運ばれてしまいましたが……皆さん、彼のここまでの功績に拍手を!!」

 ルイは、髪をくしゃくしゃに散らかして汗まみれな割には精悍せいかんな顔つきで、素晴らしいスピーチをして見せた。

「おっーとルイ・ジョーンズ! なんとスポーツマンシップ溢れるスピーチだ! 会場の皆さん、彼の頼み通り、盛大な拍手を! オットーと、ルイに、拍手を! 彼らは、最高の戦友同士です! 長年、彼らの戦いを実況席から間近で見てきた私は、涙が出てきそうです!」


 ルイ・ジョーンズはついに念願の世界最強の称号を手に入れた。

 その一方で、失神KOののち、搬送されたオットー。

 彼を気に掛けたのは……


 試合を観戦していた兄、ニキータ・フェルトンだった。


 弟思いのニキータは、試合終了直後、救護室へと飛んだ。

「ちょっと、救護班! 俺はオットー・フェルトンの兄、ニキータ・フェルトンなんだが、弟に会わせてくれないか!」

 救護室の入り口のドアを、オットーに負けず劣らずの大きな腕で叩くニキータ。今にも、盛大なタックルをかまして、ドアをぶち抜いてしまいそうな勢いだ。

 すると、ニキータの半分の体格があるかどうかの、小柄な女性がやってきて、

「ちょっと、そこのお兄さん!」

 と、呼び止める。

「ああ、救護班の方? 俺は正真正銘のオットーの兄なのに、中に入れなくて困ってるんだよ」

「えーっと、すみません。関係者以外は入れるなと、上から強く言われておりまして……」

「なんだ? 俺は、実の兄は、関係者じゃないということか?」

「私が言ったのは、の関係者という意味です。ということで、すみませんが、お引き取りください」

「はぁああ? それはないだろう? おい!」

 ニキータは、相手が女性ということもあって、腕力による実力行使には出ることができない。結局、救護室に入ることはできなかったのだが、何かを嗅覚で感じ取ったニキータは、建物を出て救護室の裏口へ回った。


 彼の勘は当たった。


「おい、お前らァ! 弟をどこへ連れて行くんだよ!!!!」

 ニキータが目の当たりにしたのは、怪しい黒ずくめ数人に担がれ、黒いバンの中に放り投げられるオットー。車は逃げるように、すぐに発進した。

「おいっ! 待てぇええええ!!!!」

 ニキータは惜しくも、バンに追いつけずに振り切られてしまった。

「くそっ! どういうことだっ! いや……冷静になれ、俺。そうだ、一応ナンバープレートの番号を暗記しておこう。『96ONオーエヌ96ONオーエヌ』だな。にしても……おかしいぞ? なぜオットーが外に運び込まれたんだ? 確かに気絶はしたが……仮にそんなにひどいなら、救急車を呼ぶのが普通だろう? それに、あれは明らかに、事件性のある動きだったように思う」


 ニキータは、近くのタクシーを拾って、バンを追った。


〈第二話『暴力的謀略』に続く〉

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