闇巡り 6

 蓮二は大振りの金槌を振り下ろし、錠前を打った。金槌と錠前には消音のために布が被せられていた。二度、三度。鈍い金属音が響き、最後にごとりと錠前が落ちた。


「開いたぜ。大したこたァ、ねえな」


 と金槌を横に放った。――その傍には、火のついていない松明たいまつが立て掛けられていた。――金槌と一緒に調達してきたその松明は、細い枝を幾本も束ねて紐で巻いたものだった。


 蓮二は開きかけた格子扉の向こうの、暗闇を見た。そこで沙耶の声がした。


「まさか、鍵を破ったのですか……。洞穴に入るのですか?」


 蓮二は振り返って、


「ああ。それがどうした。無明ってのを、確かめねえとなァ」

「いけませぬ。この土地の神域を、侵すようなことを……」

「うるせえ。そのなりで、どうやって西の果てまでたどり着く? いいや、無理だな。視力を取り返さねえと。――まあ、取り返せるもんなのかも、わからねえがな」

「だからといって……。それに、危険ではないでしょうか」

「無茶をする気はねえ。まずは中を確かめなけりゃ、はじまらねえだろ」

「壊れた錠前は、どう説明されるのですか?」

「知るかッ。どうとでもなる。そんなもん。――わかったら、そこで待ってろ。いや、それか地上にいた方が、いいかもな。洞穴や祠から離れて」


 蓮二は沙耶へと近づいた。左手を伸ばすと、座り込んだ沙耶の腕を取った。沙耶はよろよろと立ち上がったものの、階段を登ろうとしなかった。


「おい、階段を登れっての」


 しかし、沙耶は地下へ顔を向けたまま唇を噛み締め、右手で蓮二の服の裾を掴んでいた。


「わ、わたしも、参ります……。なにか、少しでも、お役に立てるかと」


 蓮二は驚いて、「馬鹿が。邪魔だ」


「お、お願いです……」


 蓮二は沙耶の悲愴な横顔を見た。あらゆる希望を失った死人のようだったが、ただひとつのよるべのように、しかと服の裾を掴んでいた。蓮二は頭を掻きむしった。


「足手まといになったら、捨ててくぞ」

「か、構いませぬ」

「無明ってのが、悪さするかもしれねえぞ」

「もう、安易に狭世には、入りませぬ……」

「ちッ。おまえの頑固さには、敵わねえ……」


 蓮二は向き直り、開きかけた格子扉を見た。闇の向こうから湿った苔と土の臭いが押し寄せてくる。


「火をともすから、待ってろ」

「は、はい……」


 沙耶が服から手を離すのを見て、蓮二は扉の前に行ってかがみ込んだ。火打金ひうちかねを行李から取り出して火を打った。火を松明に移すと、刺々しい音をたてて松を焼きはじめた。



 蓮二は松明の火を闇に差し入れた。


 黒っぽい土壁が奥まで続き、さらに先にはまた、闇が待ち構えていた。闇の奥底からは絶えず、濃密な土の臭いと冷気が流れてきた。


 奥からと、足音のようなものが聞こえた。小さな叫び声も。


 ひっ、と沙耶が呻いた。――沙耶はやはり服の裾を掴んで、後ろをついてきていた。蓮二は云った。


「なんでもねえ。鼠かなにかだろうよ」


 すると沙耶は首をうなずかせ、また足を踏み出した。


 蓮二は左手に松明を持ち、洞穴の緩やかな傾斜を進んでいった。


 土のあちらこちらに、光が見えた。いや、それらは水晶のかけらのようだった。


「水晶窟だったってのは、本当みてえだ。光ってるぜ」

「そうですか……」と沙耶の声がした。



 途中まで掘られたみちもあったが、さほど深くはなく、大きな分岐はしていなかった。


 蓮二は緩い傾斜に沿って、そうやって洞穴を歩いていった。土の中に見える水晶のかけらは、星のように輝いた。思えず蓮二は呟いた。


「嫌なもんを、思いだすぜ。ちッ……」

「嫌なもの?」


 と沙耶の声がした。独り言に口を挟まれた気がして、蓮二は苛立って眉を寄せた。上を見ると、やはり鋭い水晶の光が見えた。



  *



 蓮二は仰向けに倒れ、指先たりとて動かす余力もなく、暗い夜空に浮かぶ星々を見ていた。


 体中が傷だらけだ。引き裂かれた左目が燃えるように痛む。左目が見えない。左耳に血が流れ込んでくる。


 村や林に静かな雨音が響いていた。すべてが終わったことを、告げているようでもあった。


 もう怒声や叫び声も聞こえない。すべてが遠い昔のことのようだ。


 右手は動かない。骨が折れているのだろう。震える左手を持ち上げると、手のひらの中に冷たい感触があった。


 朦朧もうろうたる意識で左手を顔の上に持ってくると、手の中から石が落ちた。――白い石は蓮二の額にぶつかって、顔の横に転がった。


「あ、あ……。す、須未すみ。どうして、俺だけが……」

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