第53話 認知の回復

今日はいつもの大工仕事を休んで、なぜか飲食店のホールの仕事に挑戦してみたくなった一馬。自分でもこの突然の気持ちの変化に驚きながらも、興味本位で店に向かいました。店に到着し、スタッフに挨拶をすると、一馬は早速エプロンを着け、ホールの業務に取り掛かります。


飲食店のホールは、思ったよりも忙しそうで、店内には次々とお客さんが入ってきます。一馬は緊張しながらも、注文を取るために各テーブルを回り始めました。ところが、注文を受けるたびに、頭の中に自然とその内容がスラスラと入ってきます。何度も同じ注文を確認することなく、次々とお客さんの要望を記憶し、間違いなく伝えられるのです。


「どうしてこんなにスムーズにできるんだ?」一馬は不思議に思いながらも、淡々と仕事をこなしていきます。異世界に来る前、日本で働いていた時には、こんなことは一度もありませんでした。むしろ、忙しいホールの仕事では、注文を忘れたり、混乱してしまうことが多かったのです。それが今では、驚くほど自然に、しかも正確に頭に入ってくる。


一馬はふと気づきます。これは単なるスキルの向上ではなく、もしかすると自分の認知機能が回復しているのではないかと。異世界に来てからというもの、頭がスッキリとし、心にも余裕ができたことを思い返します。日本での生活、特にストレスの多い環境で働いていた時期のことを思い出し、一馬は自分がどれほど過酷な状況にいたのかを再認識しました。


「日本のストレス社会は、本当に恐ろしいものだったんだな…」一馬は心の中でつぶやきます。あの頃、仕事の重圧や人間関係のストレスが、どれほど自分の精神と体を蝕んでいたかを思い知ります。そして、誰かに仕事を押し付けたり、無理をさせたりすることが、どれほど罪深いことかも改めて感じました。


異世界での生活が、一馬にとっての救いであり、回復の時間でもあったのです。この新しい世界で得た心の平穏と、ストレスから解放された生活が、一馬を再び生き生きとさせていました。それを噛みしめながら、一馬はホールの仕事を続けました。注文を取るたびに、頭に入ってくるスムーズな記憶の流れに驚きつつも、それが今の自分の自然な状態であることに感謝していました。

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