沸騰する祭×去らない熱

榎木扇海

おーぶ祭 始動

【祭、そろそろだねー】


 ディスプレイに映ったその文字を、俺は静かに読み上げた。


「そうだなー。知ってる人も多いと思うけど、今年も参加させていただきますっ」


見えないとわかっているが、パソコンの前で頭をさげる。

 俺の言葉に触発されて、画面内の文字の流れるスピードが増した。


【おお!】

【きたぁ~】

【楽しみすぎる】

【今回こそ一位に!!】


火が付いたように盛り上がるコメント欄。俺は小さく苦笑して画面に顔を近づけた。


「やー、楽しみだ~!今回はねー、やっさんと、りゅいりんさん?と参加しまーす。応援してくれ~」


【まかせろ】

【りゅーい!!?やばい推し×推しは熱い】

【やっさんきたー!】

【応援するー!!】

【っぱ、やつリオでしょ】


いっそう熱の入るコメント欄に少し安堵しつつ、こないだ奮発して買ったゲーミングチェアに背中を預けた。



 ゲーム実況者"リオ"として配信を始めて5年。はじめこそ手探り状態で伸びない数字に悩んでいたが、今や同接人数も安定して1000を越えるようになった。

 加えて5年間ずっとFPSゲームを中心として実況してきたおかげで、ありがたいことに今では色々なFPS関係のイベントに呼んでもらえていえる。

 そのうち、配信者参加型においてはトップレベルの大規模イベントが、年一で開催される"OWBおーぶ大感謝祭"、通称おーぶ祭。日本発のFPSゲームである"おんらいんわーるどばとる"(英語verのイニシャルからOWBおーぶ)の誕生を祝おう、という趣旨の大型イベントである。ルールは単純明快で、3人1チームとなって戦い、最後まで生き残っていた人間のいるチームの優勝だ。

 元々おーぶガチ勢によって非公式で始まった大会だけに参加への敷居が低く、FPSゲームの実況者なら一回くらいは参加したことがあるほど一般化している。その影響でまだ不慣れな参加者も多く、練習枠として設けられている期間が1週間と長い。

 俺は今年から他の参加者をキャリーするリーダーとしての参加なので、こちらからの申請ではなく主催者側からご招待を受けており、緊張はするがそれ以上に嬉しかった。


「それでねー大会に向けて練習枠だいぶ立てるから、皆も時間あったら見に来てくれ。俺らの成長を」


【わかった】

【了解】

【毎回行く】

【見逃せねえだろ】

【すまん俺は寝るわ】


「お、じゃあ俺も寝よー。おつー」


コメントにつられて時間を確認すると意外といい時間だったので、そのまま枠を閉じる。コメント欄に手を振る絵文字が流れて、いずれ止まった。


 きちんと配信が切れていることを確認した後に、SNSに今日の感想とおーぶ祭の告知を投稿してパソコンの電源を落とした。


***


 練習枠1日目。共に仲間として大会に参加する配信者と顔合わせをする。そのうちの一人、やっさんこと"実況者やつはし"とは前々回でも同じチームを組み、そこからちょこちょこコラボもしていた。


「えー、よろしくお願いします。リオです」


配信前の軽い挨拶をまずは俺から飛ばす。次にやっさんが続いた。


『やつはしって言います。よろしくお願いします』


〖……りゅ、りゅいりん、です。えー、と、初参加、です。へたくそだけど、よろしくお願いしますっ…!〗


 りゅいりんさんとは俺もやっさんも完全初対面で、お互い緊張している。実況動画や配信をちょこちょこ覗かせてもらったが、確かに正直なところプレイスキルは高いとは言い難い。しかし要所要所での判断力が高く、同じチームとして心強かった。


「りゅいりんさんよろしくお願いします。俺、と、やっさんもおーぶ結構してるんで、色々聞いてください」


〖はっ、はい!お願いします…〗


『じゃーそろそろ配信付けるねー』


やっさんの声に合わせて、各々一旦通話をミュートにして配信をつけた。

 告知の甲斐あってかすぐにわらわらと人々が集まり、すでにコメントも流れていた。


【きたきたきた】

【わこつー】

【わこりお】

【もうりゅーいいるの?】

【やっさん配信つけてるー】

【りゅいりんまだだね。りゅいりんもやるよね?】

【練習枠楽しみだー】

【今日のメニューは何ですか?】


「はーい。えー、聞こえますかー。今日はおーぶ祭の練習してくぞー」


 そこから軽く今日の予定、メンバーのふたりの紹介をしたのち、ミュートを外して通話に入った。

 通話ではすでにりゅいりんさんとやっさんが話していた。


『お、来た来た。彼がリオくんで~す。ボクの視聴者はもう知ってるかな』


「はい、リオです。よろしくお願いしまーす。りゅいりんさんもリスナーに説明終わりました?」


〖はっ、はい!あ、リオさんリスナーのみなさん、りゅいりんです。この度はリオさんチームに入れていただけて光栄です!がんばります!〗


【がんばれ~】

【りゅーいかわいい】

【りゅいりんって女?】

【やっさーん!】

【ゲーム起動はよ】


「はいはい、リスナーそんな急かすな。じゃ、俺ゲーム起動しますね」


数秒間のロード時間の後、ゆっくりゲームが起動する。


『チーム先作っとくねー』


「あ、お願いします」


おそらく先にゲームに入っていたであろうやっさんが先にチームを立ててくれており、その後にログインした僕たち二人をチームに追加した。


『チーム名どうすっべ』


「無難に行きます?りおやつりゅいみたいな」


『長くね~?りゅいりんさんどう思いますー?』


〖え、わ、私…は、えっと…リオさんのチームですし…その、リオ、でいいんじゃないですか…?〗


「いやいやいや、それはちょっと…」


『リオくん自我強すぎちゃうってなるでしょ~』


【りゅーい天然?】

【かわいい】

【RYRとかは?頭文字取って】

【名前いいからはよゲームして】

【やっさーん!いい案だして~】


「やっさん、リスナー指名です」


『おいおいマジか。…じゃあリオリスのコメントちょっとモジってRIYRでリールとかは?』


「やっさん俺の配信見てるんかい!」


〖リールいいですね!私もそれがいいです〗


「じゃあそうしよっか。リスナーありがと。やっさんも」


 それからまたいくらか会話を挟んで、結局チーム名はIだけ小文字にしてRiYRリールに決まった。


 そこからはひたすら本番と同じ形式の試合に参加してプレイし続ける。俺とやっさんはオフでもそれなりに一緒におーぶしてるからお互いのプレイスキルもわかっているが、完全初対面のりゅいりんさんとは動画や配信を見るだけでは伝わらない、直の彼女を知りたかった。


 ―――そして数時間後。


「んーふふふふww」


『なにわろてんねん』


〖あぅぅ…ごめんなさいごめんなさいぃぃ…〗


おもわず笑う俺と、ツッコむやっさんと、ひたすら謝るりゅいりんさん。この構図はもうしばらく変わっていない。


 試合結果、18試合すべて開始10分で全滅。いまだかつてない回転率である。


 まず俺。操作をど忘れし、あたふたしているうちに即キル。その後もちょこちょこ操作ミス判断ミスでリーダーにあるまじきプレイミスの塊。なんと一度、全角半角のボタンを押して操作不能になりその場で棒立ちをかましている。

 次にやっさん。マウスが壊れて突然左クリックができなくなるハプニング発生。FPSゲームで銃が撃てなくなる。その後急遽マウスを新しくしたところ感度が高すぎてぐりんぐりんの視点でリスナーを酔わす。

 最後にりゅいりんさん。一人実況者ゆえに今までソロプレイしかしてこなかった弊害か、声かけが足りず。敵の襲来を仲間俺たちに知らせずに全滅。また緊張からかAIMのブレも激しい。


【これはわろてまうよなぁ】

【おーぶも怒ってんだよ。リオ最近浮気してたから】

【りゅいりんすごいダメージ受けてる】

【りゅーい気にしないで】

【これ、本番大丈夫か…?】

【リオってこんなに下手だっけ?】


「おい、リスナーやめろ。萎えちまうだろうが」


『なになに?リオくん下手になったとか言われた??』


「……やっさんもそう思います?」


『はははははは!』


笑ってごまかされた。


〖ご、ごめんなさいっ!私お二人の足ひっぱってばっかで…〗


りゅいりんさんが矢印を自身に向けるような形で謝る。やっさんの困ったような笑い声が聞こえた。


『気にすんな~りゅいちゃんのせいだけじゃないって』


「俺もやっさんも普通にプレミえぐかったしね」


『さっきの試合とかボクAIM終わってたもん』


〖でも…〗


りゅいりんさんは随分責任感を背負いこんでしまっているのか、声がか細く縮んでいる。


【りゅーい気にすんな】

【次行こ次!!】

【あんにゅいりゅーいかわいい】

【時間大丈夫か?】

【やつリオ、キャリーしてあげて】

【でも正味りゅいりんが戦犯だよな】

【リオ、キャリー下手じゃない?りゅーい達かわいそう】

【コメ欄うぜー。本人らが楽しんでるならいいじゃん】


 ふとコメント欄に目をやると、なんだかすこし焦げ臭い匂いがしたので一旦通話をミュートにしてリスナーにだけかるく話す。


「おまえら、俺らはマジで楽しんでやってるから、おまえらもおまえらでそんなに熱くならんでいいからな。まだ練習枠1日目だし。エンジョイ試合だから」


 そう、まだ1日目。あくまでエンジョイを目的としたプレイなのだ。本番目前ならこういうコメントも致し方ない部分もあるかもしれないが、まだ俺たち配信者同士の関係さえ固まっていないうちは、とりあえず楽しんでいきたい。

 ミュートを解除し、落ち込むりゅいりんさんにできるだけ明るい調子で話しかけた。


「さー、次行きましょーよ!切り替えてこー!」


『時間的に次ラストかな?頑張っていこう』


〖ぇあぅぅ…ごめんなさいぃ…つ、次はミスしないように…!〗


数分後。


「あぁぁあぁぁぁ!ごめん死んだァ!」


『なにしとんねーん!あ、待って俺も死…』


〖はわわわ…無理です無理ですぅ…〗


「りゅいりんさん前見て!前!上見ないで!」


〖へぁぅううう…〗


そしてヘッドショット喰らって全滅。


『あっちゃぁ…こりゃムズいなぁ…』


「ごめんなさい、さっきの完全に俺のプレミでした…あそこで出たのほんとにミスった」


〖わた、私も、ごめんなさい…!リオさん最初にミスって置いた私の地雷かかりましたよね…?ごめんなさいごめんなさいぃぃ〗


『反省会は後!裏でやろう!配信荒れるわw』


「そ、そうっすね…一旦各々で配信閉じますか」


『りょうかーい』


〖わ、わかりました〗


ふたりが続いて通話から抜け、最後に俺が抜けた。


「…っふぃー…めっちゃゲームしたぁ…目ぇしぱしぱするわ」


【長時間配信おつ】

【おつかれー】

【めっちゃたくさん試合したしねw】

【1日でこんな数やんの初めて見た】

【これ本番心配になるなーw】


「いやもーね、こっから頑張るよ。配信もだいぶ長時間になると思うから、ま、来れる時来てくれたら嬉しい」


【行く行く】

【見守るぜ】

【成長楽しみw】

【正直俺は今日クソつまんなかった】

【リスナー視点でもちょっとイライラした】


「リスナー視点イライラした?それはマジでごめん。俺おーぶしばらく離れてたせいでマジで色々ど忘れしてるわ。どんどん思い出してくから、本番だけでも見てくれー」


時計を確認する。とっくに日を跨ぎ、朝日が白んでくるような時間帯になっていた。


「よっ…しゃー、じゃ、もう寝ます。おやすみなさい」


【おやすみ】

【おつー】

【明日も見ます】

【おやすみなさい】


急激に流れていくコメント欄を眺めながら、配信を閉じた。


 怒涛の1日目、終了!


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