第35話 嘘泣き

 突如。

 ガラガラガラッ! 

 と、病室のスライドドアがこじ開けられた。


「そろそろ、デッドエンドしたかしら?」


 その人物はアリスメリーだった。

 その陰に隠れるようにして閉じた日傘を持ったルノもいる。


「縁起でもない」


 僕は苦笑した。


「あらまー美味しそうなフルーツあんじゃない!」


 そう言って、アリスメリーはあろうことかアオハルをプニッと掴んだ。


「なにこれ? このプニプニしたフルーツ……? 見たことないんだけど?」

「それはフルーツじゃなくてアオハルだよ」

「は? なにそのバカジョーク?」

「ジョークじゃない。ほら、よくみて? 青い目がついてるでしょ?」


 アリスメリーがスライムをペタペタ回転させる。

 ふたりの碧眼と緋眼が空中でかち合った。


「ボク、アオハル」

「キャー!」


 アリスメリーは絶叫すると、そのアオハルを僕に向かって投げつけやがった。

 僕の顔面にビチョッとアオハルが張り付く。

 密着度が高くて息ができない! 

 あわててタコの吸盤を剥がすように僕はアオハルを引っぺがした。

 アンブレード卿はこんな仮面つけてよく呼吸できてたな。


「ふん。そんな下等生物に成り下がるなんて、あんたにはお似合いね」

「ありがとう」


 なぜかアオハルは照れたようにお礼を言った。

 その予想外のリアクションにアリスメリーはバツが悪そうだった。

 かまわず、僕は問う。


「で、アリスメリーはお見舞いに来てくれたの?」

「ふん。勘違いすんじゃないわよ。あたしが用があるのはその丸眼鏡ミイラヤローよ」

「はて、わたくしですか?」


 当の本人であるキョクヤはのほほーんとしていた。


「とぼけるんじゃないわよ!」


 アリスメリーは鬼気迫った声音で言い渡す。


「あんた、このままだと死刑になるわよ!」


 その衝撃発言にさすがのウルハラも目の色が変わった。


「おい、どういうことだ。メスオニ」

「誰がメスオニよ!」


 アリスメリーは侮辱に耐えながら答える。


「ウシュットガルドには多額の賠償金が課せられたわ。プラスアルファ、ラブラッド不可侵条約を締結したの。噛み砕くとウシュットガルドはラブラッドに侵攻しないってプロミスね。そして戦争犯罪人、いわゆる戦犯はラブラッドの感情の落としどころとして死刑に処される」

「だったらそれは俺様じゃねえか」

「ふん、救いようのないバカね。一国のプリンスをそう簡単に処刑できるわけないでしょうが。そこで白羽の矢が立ったのがそこの丸眼鏡バカよ。プリンスが企てたことはもみ消されて、ぜんぶA級戦犯のキョクヤがやったことになった。オフコース、軍事作戦を率いたこともね」


 ウルハラは絶句していた。

 しかし、当の本人のキョクヤはいたって平静だった。


「まあ妥当でしょうね。たっぷり尋問されたあと、時が来れば死刑が執行されるでしょう」

「なんであんたはそんな冷静なのよ! 死にたいの?」


 アリスメリーはやけにキョクヤの肩を持つ。

 殺し合ったはずのふたりなのに。

 むしろアリスメリーは戦って関係性を築いていくタイプなのかもしれない。

 戦闘民族かよ。


「罪と罰は兄弟です。誰かがその身を以て責任を取らなければなりません」


 キョクヤは包帯の巻かれた手で丸眼鏡を押し上げた。


「ふん。バカプリンスが生まれると周りは大変ね」

「誰がバカプリンスだ……って、俺様か」


 先ほどの威勢はどこへやら、自嘲気味のウルハラだった。


「俺様はただ龍谷の森を取り返したかっただけなのにな……笑えるぜ」


 ウルハラはちっとも笑っていなかった。

 続けて側近に言う。


「キョクヤ、心配しろ。俺様が責任をとらねえ」

「なりません。せっかく国王みずからがラブラッドと交渉して」

「関係ねえよ! なんでキョクヤが死なねえんだ! 俺様が生きればよかっただろうが!」

「はい、その通りです。あなた様はウシュッドガルドに必要なお方です」

「あたりめえだ。おまえなんか死んで当然の野郎なんだからよ!」

「おっしゃるとおりです」

「クソ野郎が。死ね!」


 こういうとき素直に言葉が紡げないというのは、なんというか、難儀だった。


「あんたね! いい加減に――」


 そんな人狼の特性を知ってか知らずか、アリスメリーはウルハラの胸ぐらに掴みかかる。

 しかし、すぐさま離した。

 なぜならウルハラのその目には光るものがあったからだ。


「あんた……」


 自分でも気づいたのか、ウルハラは純白のマフラーをたくし上げて目許を拭う。

 そんなウルハラにアリスメリーは言う。


「ドント・クライ。あんたは一国の王子でしょ。だったら泣くんじゃないわよ」

「泣いてねえよ。俺様は生まれてこのかた一度も泣いたことがねえんだ」


 しかし、その言葉とは裏腹にウルハラの涙は滂沱のごとく流れていた。

 僕もメイドのサエが死んだら泣いてしまうだろうな。

 キョクヤは主をフォローするように言葉を紡ぐ。


「人狼の風習として死地に送り出すときは真逆のことを言うのが縁起が良いとされています」


 虚言癖のある人狼だからこそ生まれた風習なのだろう。

 すると、アリスメリーはキョクヤのベッドに寄り添う。


「キョクヤ、クリスマス家の財力と権力を総動員してゼッタイ助けるから」


 もしかしたら戦いの最中で、アリスメリーはキョクヤに惚れてしまったのかもしれない。

 恋愛経験のない僕にはわからないけど。


「ラブラッドでもヤキウのチーム作るから! そうだ! そしたらさ、ラブラッドとウシュッドガルドで国際試合するのよ! だからおねがい! 生きることを諦めないで!」

「それは見たかったですね。アリスメリー・V・クリスマス。あなたはどうかヤキウを続けてください。スポーツこそが健全な戦争なのですから」

「あんたってホント、ヤキウバカね」


 アリスメリーは珍しくやさしい笑顔で言った。

 それからキョクヤはウルハラに向き直る。そして慰める。


「王子、犠牲なき戦争などないのですよ。だからどうか悲しまないでください」

「でもよ」

「それともそんな生半可な覚悟で軍事作戦を決行したのですか? 違うでしょう?」


 強い語気にウルハラは何も言い返せない。それからフッとキョクヤは微笑む。


「王子、あなたのことを心からお慕い申し上げておりました。このお方は王の器だとずっと思っておりました」

「おまえは人狼のくせに本当に嘘をつくのがヘタだぜ」

「ええ、そうですね。ですから、いま申し上げたことに嘘偽りはありません」


 どうやらキョクヤは人狼族のなかでも建前と本音を使い分けるのが得意らしい。


「今まで本当にお世話になりました。カミヤ兄さんにも感謝していたとお伝えください」

「手前で言えよ、クソが」


 ウルハラは最後まで悪態を吐いていた。

 しかし僕はひとつ気になることがある。


「キョクヤさん、あんた本当はこういう結末になるってわかっていたんじゃないんですか? だからウシュットガルド軍は民間の人間は殺さなかった」


 この国では人間を傷つけるのと吸血鬼を傷つけるのとでは、罪の重さは雲泥の差だ。


「いいえ、わたくしは何も知りません」


 キョクヤは首を振った。


「ただ知っていることといえば、人狼の未来に繁栄と栄光があることだけです」


 キョクヤは包帯ぐるぐる巻きでまともに動けないだろうに、体を僕に向ける。


「A級戦犯であるわたくしがこんなこと言う義理はないかもしれませんが、ソラシオ氏、王子のことをどうか何卒頼みました。すぐ頭に血が昇って暴走してしまいますから」


 それでは、さようなら。

 キョクヤがそう言ったところで、病室の扉が勢いよく開かれた。

 そして黒い雨合羽を羽織った黒尽くめの集団が乱入した。腰には黒光りする日傘を差している。迅速な動作でキョクヤのベッドの足についたキャスターを転がして連行しようとした。


「ちょっ! あんたたち、誰よ!」

「ラブラッド吸血鬼軍だ。キョクヤ・アラシを先のラブラッド侵攻作戦における首謀者として連行する」


 雨合羽のフードのなかの緋眼がアリスメリーを見据える。

 ラブラッド軍人といえば不死の軍隊として有名だ。

 各国に傭兵として派遣されており、血の輸出と言われている。

 キョクヤのベッドは出入り口に一番近いためあっさり病室の外に出されてしまった。ブチブチと点滴やらの針やチューブが白髪のように抜け落ちる。


「キョクヤ!」


 アリスメリーが叫んで追おうとする。

 しかし、黒合羽の吸血鬼が腰の日傘を抜いて石突きをアリスメリーに突きつけた。

 すぐさまアリスメリーを庇うように背後からルノが躍り出た。

 ルノの口許のアイマスクは鋭い眼光で睨みを効かせている。


「ほう、吸血忍者の末裔か。本当に実在したとはな」


 ルノを見て鬼軍曹は驚く。

 とそこで、僕の左側のベッドから唸り声が上がった。


 なんとウルハラが人狼化しようとしていた。


 なぜだ?

 入院の際に月の牙石は没収されているはず……。

 しかし、すぐに僕は気づく。

 ウルハラの真横の窓からふたつの満月が照らしていたのだ。

 これは非常にまずい。


「てめぇら、いい加減に――」


 しかし、そこまで言ったところで一瞬にして吸血鬼軍人のひとりがウルハラの背後に回り込んだ。

 その手には注射器。

 ウルハラが気づいたときには腕を後ろに回され、ベッドに押し倒される。その後ろに回された腕に極太の注射針を打たれた。

 ウルハラは白目を剥く。

 息もつかせぬ早業である。

 僕にできることなどあるはずもなかった。

 質問を投げるのが精一杯だ。


「ウルハラに何を打ったの?」

「案ずるな。死んではいない。人狼王子のほうは絶対に殺すなと命じられているからな」


 鬼軍曹はそれだけ答える。

 それから黒合羽の軍服集団を引き連れて、病室から蜘蛛の子を散らすように去って行った。

 僕たちはそれを見送ることしかできなかった。

 しばらくして、アリスメリーとルノもおとなしく帰宅する。

 アリスメリーが肩を落としていたのは僕の気のせいではないのだろう。

 鬼とはいえ、所詮、僕たちは子供だ。



 後日、キョクヤはラブラッド最高裁判所にて死刑を求刑された。

 のちにキョクヤ、他数名の人狼は昼も夜もわからないような蟻地獄アントレオン刑務所に送還された。

 そして死刑執行の日を待つだけの命となった。



 その夜、月が出た。

 窓辺には僕の相棒であるリュウコツヒガサが立てかけられて眠っている。


「お疲れさま」


 愛傘を労ってから、僕は窓の外を見た。

 今は夜だ。

 遠くに龍谷の森が見える。

 森の中央には龍樹と呼ばれる一本の高い高い樹木が雲を突き抜けて伸びていた。

 その名のとおり昇り龍のように螺旋状をえがく神木だ。

 伝承によれば月まで届くとされる。


「空の覇者、か」


 とそこで、僕は吸血鬼の夜目でくっきりと視認する。

 なんと、月光に照らされて極太のとぐろを巻いた巨影が叢雲に映ったのだ。

 

 それはまるで伝承に出てくるような……。


 こんな嘘みたいなものを見てしまうとは、僕もオオカミ少年のことをちっとも笑えなかった。

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