第四章 トマ太郎

第34話 見慣れた天井

 目を醒ますと、知らない天井があった。

 しかし知らない天井のはずなのに、やけに見慣れた天井だった。

 200色の白を集めたように白い。消毒液のにおい。

 僕は清潔なベッドの上にいた。

 これまた白いシーツ。左腕にはチューブが繋がれている。点滴と輸血パックに伸びていた。

 僕はすぐにピンとくる。皮肉なものだ。この異世界においても、僕は結局ここに戻ってきてしまう運命らしい。知らないベッドのはずなのに妙に落ち着くのはそのせいだろう。


 でも、それでも僕は生きている。


 僕は上半身を起こす。ベッドの左右はカーテンで仕切られている。個室ではなく大部屋だ。

 懐かしい。

 ベッド脇の一脚ミニテーブルにはフルーツバスケットが置いてあった。

 赤いバナナ。真っ青なイチゴ。四角いブドウ。びっしり毛の生えたリンゴ。二対の翼の生えたドラゴンフルーツ。

 見たことのない果物だらけだ。

 赤い封筒の手紙には差出人が書いてある。オニトマト校長からのようだ。他にもクラスメイトからの淡白な寄せ書きも置いてあった。

 すると、そのフルーツバスケットにはとある赤い果実が紛れていた。

 ドックンドックンと脈打っている。

 トレードマークの黒い学生帽を被っていた。


「スライムも眠るんだね」

「うーん」


 そしてつぶらな青い瞳がゆっくりと開いた。

 その赤い果実は寝ぼけ眼で挨拶を告げる。


「ソラシオ、おはよう」

「おはよう、アオハル」


 僕は起き抜けのパードナーに尋ねる。


「今はいつ?」

「あれから7日後」

「7日……よくフルーツ腐らなかったな」

「ボクが見張ってたから」

「へえ」


 腐敗菌とかをスライムの体で舐めとって防菌していたってことなのかな? 

 フルーツを食べられなくなりそうだから深くは聞かないでおこう。

 というか。


「別に食べちゃってよかったのに」

「ソラシオを?」

「なんでだよ!」


 話の流れ的にフルーツだろ!


「でも、もしひとりで食べたらソラシオが目醒めないような気がしたから。なんとなく」


 しおらしくアオハルは言うのだった。


「なんだよそれ……」


 願掛けのようなものか。

 しかし変な話、お見舞いの果物は見舞い客に振る舞うもののような気がする。

 たとえ意識があっても患者は食べられない場合も多いだろうから。

 軽口も済んだところで僕は核心に触れる。


「記憶が朧気なんだけど……あれから、どうなったの?」

「ソラシオは極度の貧血で倒れた。そこに近衛兵を連れたウシュットガルド国王が現れた」

「それで?」

「緊急性があるとみて、ソラシオは直接ウシュットガルド国王とチューブで繋がった。そして人狼の血を輸血された」


 やはり、か。

 前世では輸血したことは何度もある。

 しかし人狼から輸血されるのはもちろん初めてだった。

 とはいえ、前世とは違い今回は間に合ったようだけど。

 やっと現実感が襲ってきた。

 だけど先の戦いでいちばん変化があったのはアオハルだろう。

 なんといってもスライムになってしまったのだから。


「アオハル。ごめん」

「何のこと?」

「いろいろ。血を吸ったこととか。そんな体にしちゃったこととか。よりにもよってゴッドスライムの心臓になっちゃったこととか。スライムのきみを食べちゃったこととか」

「いい。すぐに再生する」

「いや、そういうことじゃなくってさ」

「?」

「体の傷は治っても、心の傷までは治らないんだよ」


 それは誰しも。

 たぶんアンブレード卿もしかり。

 というか、友達にその身を食べられるってどんな気分なんだろう。

 とてもじゃないが怖くて聞けない。

 それでも今だけはアオハルのとろけるような笑顔を守りたいと僕は思った。

 どうにかこうにか僕はアオハルを人間に戻したい。

 それが僕の責任だと思うから。

 そんな僕の気を知ってか知らずか、アオハルはスライムの体にすっかり馴染んでいた。

 その姿に毒気を抜かれながらも僕は問う。


「……アオハルは、僕に訊きたいこととかないの?」

「たとえば?」

「たとえば、アンブレード卿のこととか。それから――前世のこととか」

「別にいい」


 アオハルは淡々と言ってのけた。


「ボクも前世は人間」

「……たしかに。僕たちは今や似たもの同士なのかもね」

「そう」


 言ったきり沈黙が病室を包む。

 でも、嫌な感じじゃない。

 まるでひだまりのような静けさだ。


「なんかアオハル、出会った頃よりも柔らかくなったよね?」

「スライムだから」

「いや、そういう意味じゃなくて……雰囲気がさ」


 変わったと僕は思う。

 それから僕は一拍置いて、もうひとつの核心に触れる。


「ウルハラはどうなったの?」


 正直、殺処分されていても不思議ではない。

 人間を襲ったんだから。

 すると、アオハルは視線を僕の左側のベッドに滑らせる。

 それからスライムの赤い触手を伸ばしてシャーとカーテンを引いた。


 窓側のベッドにはなんとウルハラが横になっていた。


 首には包帯ギプスを巻いている。そのさらに上にはいつもの純白の長いマフラー。

 こうして改めて人間バージョンを見ると端整な顔立ちだ。

 ウルハラの琥珀色の目がギロリと僕を射貫く。


「こ・ん・に・ち・は」

「……こ、こんばんは?」


 僕は窓の外を見て適切な挨拶を返した。

 もうすっかり夜だったのである。目覚めたばかりで僕も時間感覚が狂っていた。

 困惑していると僕のベッドの右側のカーテンも開く。


「わたくしもいますよ」

「あんたもか」


 それは王子専属人狼執事のキョクヤだった。

 こちらは全身くまなく包帯ぐるぐる巻きだ。丸眼鏡をかけていなければ誰かわからなかっただろう。全身に管を刺されてスパゲッティシンドローム状態である。

 なんてことだ。

 先の戦争の戦犯ふたりに挟まれるとは……生きた心地がしない。


 だいたい殺し合った患者同士を同じ病室にするとか、この病院どうなってんだよ!


 おそらく有事の際なので病院側も見過ごしてしまったのだろう。

 いろんな意味で誰かの首が飛ばないことを祈ろう。

 おっかなびっくり僕は問う。


「どうして、きみたちが?」

「なにか? 動物病院にでも行けってか?」

「そういうわけじゃないけど……」


 要注意人物であることに変わりはない。

 そして何よりも気まずっ!

 とそこで、場の空気を壊すのにうってつけの人物が現れた。

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