彼女に殺される方法を考えたが、ほんとに逝くことはできるのか?

@kujira_23

第1話

 麻弓に新しい男の気配を感じたのは、メッセージの返信が安定して遅くなってきたことと、スマホの置き方が変わったからだ。それまでは普通に、スマホ画面を上にするように置いていたが、最近じゃ必ず画面を下向きにする。白々しく俺にサインでも送るように。

「新しい男でもできたの?」って聞きたいけれど、すんでのところで言葉が渋滞を引き起こし、彼女の耳には届かないでいる。

 麻弓と俺は、腐れ縁みたいな関係で、今まで何度も別れたり寄りを戻したりを繰り返してきた。こんど別れたら5回目。別れてから寄りを戻すまでの期間はその時々で、平均すると半年くらいか。

 いつまでこんな関係を続けなければいけないのだろう。彼女のことは好きだけど、周期のずれたブランコのような関係にはうんざりだ。俺はどうしたらこの関係を終わらせることができるのか悩んでいた。


    ※


 最初の別れは、俺から麻弓にサヨナラを告げた。当時、付き合い始めて一年が経ち、麻弓は三十歳の誕生日を迎え、俺は三二だった。

 つまり彼女はミソジだった。最近じゃ三十代で結婚する女は珍しくはないが、初婚年齢の早いこの地方都市じゃそうも言ってられない。二十五を過ぎると、年が上がるにつれ、親、親戚、友人からの有形無形のプレッシャーが強まる。男の俺でさえそう感じていたのだから―もっとも最近じゃ何も言われなくなったが―、三十を前にした彼女へのプレッシャーは相当なものだっただろう。

 俺は麻弓の将来について真面目に考えた。当時の俺の状況では結婚なんて考えられなかったから、適齢期の麻弓が俺なんかと付き合っていても将来はない。

 一旦悩みだすと、是が非でも別れなくてはならないという強迫観念に取りつかれ、「俺なんかと付き合っていても将来はないから、早く結婚相手を見つけな」と別れを告げた。

 麻弓は「余計なお世話だよ」と言い、泣くでもなく、恨みごとを言うでもなく、「ふーん、そう。分かったわ」と言って離れていった。

 麻弓が部屋から出ていった後、俺は強烈な後悔と脱力感に襲われて、一人ビールを飲みながら涙を流した。馬鹿だ馬鹿だと何度も自分に言い聞かせていたら、無性に筋トレをしたくなり、腕立て伏せを五十回したところで力尽きた。俺は自分の強迫観念に腹を立てながら、いつのまにか眠ってしまっていた。

 翌朝、筋肉痛と酒臭さで不快な感覚に包まれ目を覚ました。麻弓に対する想いと後悔は更に強くなり、朝食を食べる気になれなかった。三十年以上生きてきて、食事が取れなくなったことは初めてだった。そのまま仕事に行き、肉体労働にも関わらず昼飯も食べる気になれず、心配する同僚に向かって「腹の調子が悪くて」と力なく笑ってみせた。

 さすがにこれではまずいと、夕飯はなんとか搔き込んだが、失恋がこれほど食欲に影響することに驚いた。今まで付き合ってきた女とは、別れた後で食べられなくなるようなことはなかった。むしろ食欲は亢進したくらいだ。

 俺はスマホに残る麻弓の写真を見ては、何度もため息をついた。髪はストレートのロング、大きな目で頬から顎にかけては丸みを帯びている。実物は地味でやや幼さを残した印象だ。このままではおかしくなると思い、麻弓の写真を全て消去し、ラインも消して禊を済ました気分になった。

 その一週間後、麻弓からメールが入り、俺たちは実にあっさりと寄りを戻した。麻弓と離れていた一週間、食事は一日一食しか取れなかったから、体重が五キロ減っていたが、なに事もなかったかのように麻弓を招き入れた。

「ねぇ、痩せたんじゃない?」と麻弓が言った。

「分かる?五キロ落とした。麻弓は変化なし?」落としたというより食事が取れなくて勝手に落ちた訳だが。

「ホントに?どうやってそんなに落としたの?私は変わらないわ」

「新しい彼女を見つけるために、頑張ってダイエットしたからね」

「あら、お邪魔だったかしら?」

「嘘だよ」と言って麻弓の肩を抱き寄せ、「麻弓もダイエットしたら?」と言った。

「簡単に言うけどねぇ、なかなか痩せられないのよね」

 麻弓は女性にしては骨太のようで、太っているという訳ではないが、肩幅の広いややがっしりした体格だった。出るところはしっかり出ていたから、それなりに均整のとれたプロポーションだったので、顔と体型が妙にアンバランスな感じがした。俺は痩せた女が好きじゃなかったから、麻弓の体が心地良かった。彼女は太い脚を隠すためかフレアスカートを履くことが多かった。

「痩せるコツが分かったよ」もちろん俺にとっては麻弓と別れることだ。

「どうすればいいの?筋トレ?」

「食べないこと。夜ごはん抜くとか。そしたら確実に体重減るよ」

「無理ですね。食べることが唯一の楽しみなんだから」と言ってビールとコンビニで買ってきた惣菜を並べた。

 麻弓は失恋で食欲低下を引き起こすことはないのだろう。俺の場合は食欲低下なんて生易しいものではなく、食欲消失って感じだったが。

「てかさぁ、なんで戻ってきたの?」

「あなたが悲しんでるんじゃないかと思って」

「俺から別れたのに?」

「だって、別れたっていっても、私に気を遣ってくれたんでしょ?」

「まぁそうだけど。周りからのプレッシャーもきついんじゃないかなって」

「そりゃねぇ、お年頃ですから」と言ってフフフと笑った。「別に、ほんとに別れたいのならそれでもいいよ」

「どう思う?」俺は麻弓の本心が知りたかった。

「どうって?」

「俺たち、このまま付き合っていてもいいのかなって?」

「卑怯者」怒っているというよりもニヤついた表情で「自分はどう思うのよ?」と言った。

「俺は、まだ麻弓と一緒にいれたら嬉しいよ」

「じゃぁそれでいいんじゃないかしら。その時が来たら私からふってあげるわよ」そう言ってビールを喉に流し込んだ。

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