向日葵

@buci-s-desyo

第1話

「現在若者の間では、花言葉ブームが巻き起こっています。」朝のニュース番組でもまた花言葉だ。2025年、世間は圧倒的な花言葉ブーム。俺はどうも胡散臭く感じて流行に乗り遅れてい

る。古臭い食器を片付け、部屋の中で唯一、埃に覆われていない地元の制服を羽織る。「行ってきます。」玄関から呼びかけるが、もちろん返答はない。10年前、俺は7歳で両親が居眠り運転のトラックと衝突し、帰らぬ人となった。それから医者である叔父の援助もあって、小さなアパートの角部屋で一人暮らしをしている。

ギシギシと悲鳴を上げる自転車を漕ぎ学校に着くと、やはり教室は花言葉の話題で溢れかえっていた。

「向日葵の花言葉って知ってる!?」

「私はあなただけを見つめる。でしょ!」

「せいかーい!」そんな会話も日常茶飯事だ。「おーい廉ーおっ、お前またのあちゃんのほう見てんのか??」満面の笑みを見せて近づいてきたのは石渡陽大。小学校からのサッカー部の仲間で毎日一緒に飯を食っている。すかさず「ちげーよ」と返す。全く。教室の中で友達の好きな人の名前をでかい声で叫ぶやつがどこにいるんだ。と思うがこいつはそういう奴なので諦めている。

「のあのこと呼んだ?」と言いながら俺の隣の席に乃愛が座る。内心嬉しい気持ちはあるが、うまく抑え、平常心を保ちながら会話をする。とはいっても乃愛とは8才の時からなぜか顔見知りで、小中高と奇跡的に学校が同じだ。

(高校は俺が合わせたなんて口が裂けても言えない。)なぜ俺と乃愛が幼いころから顔見知りなのかとても知りたかったが、両親に先に旅立たれてしまい謎が残っている。そうこうしているうちに乃愛との会話も終わり、憂鬱な一時間目が始まった。先生の話は耳から耳へと流れていく中で、さっきの乃愛との会話が頭の中でぐるぐるしていた。高校生活は残り一年。中一からの一途な恋愛はここで終わってしまうのだろうか。大学生となると高校のように甘くはなくなる。合コンに行っている乃愛の姿なんて見たら悶絶するだろう。そんなことを考えている間に、先生の目の前であるアリーナ席であるにも関わらず、あっという間に目の前が暗くなっていた。

気づけば俺は8月3日、高校近くの花火大会に来ていた。陽大と二人で来ているが、なぜかこいつの顔が暗い。周りを見渡せば浴衣姿の見慣れた後ろ姿が見えた、乃愛だ。それと同時に陽大の顔が暗い理由をすぐさま理解した。隣に男がいる。どこのどいつかはわからないが、手をつないでいるのは間違いなかった。俺は現実逃避を試みて道路に溢れかえる人だかりの中を全力で疾走していた。

「おーい起きろ。授業とっくに終わってるぞ。シャキッとしろ。」とくるくる天然パーマの若い数学教師に起こされて目が覚めた。まずそのくるくるパーマをシャキッとしてから言え、と思ったがそんなことは気にも留めずすぐに日付を確認した。よかった。夢か。スマホの7月3日の文字を見た俺は安堵と同時に乃愛を取られる不安を覚えた。昼休みの時間になっても花言葉の話題は尽きない。よく飽きないなと感心するが聞こえてくる乃愛含む女子の会話に陽大と俺は耳を澄ませていた。

「じゃあヤブランの花言葉ってわかる?」すると乃愛が答えた。

「好きバレの真逆みたいなやつだよね。堂々と好きバレしたらいいのに。」俺に言われてないはずなのにドキッとしてしまった。

「いまの聞いたか。手伝ってやるから好きバレするしかないっしょ。」と陽大が言う。好きバレか。わざと気持ちを間接的にばらして意識させるテクニック。もう後がない俺は好きバレ作戦を練ることにした。とは言っても作戦はすぐに次の日に決行され、乃愛が近くにいるときに陽大が普段通りのいじわるをするだけだった。それを聞いた乃愛が嬉しそうに見える笑顔を見せていたのを俺は見逃さなかった。


次の日の朝、猛暑の中重いペダルを漕いで学校前の坂を登り切った俺にプレゼントがあった。下駄箱を開けるとギリギリつぶれず入っていたであろう大輪の向日葵が飛び出してきた。花びらにホッチキスで止めてある手紙には、

「これが私の気持ちです!8月3日の花火大会、一緒に行きませんか!?乃愛」となんともかわいらしいけど上品な、丸っこい乃愛の字で書いてあった。向日葵の花言葉。この前クラスの女子が話していた気がする。そうだ。

「あなただけを見つめる」だ。

好きバレ神ーと心の中でつぶやき、鼻歌を歌いながら教室へ軽い足取りで向かった。陽大は「え!好きバレえっぐ!」と一緒に喜んでくれた。放課後には乃愛を呼び、一緒に下校することができた。そこから花火大会まで、下校するときも、休日遊びに行く時も、毎回乃愛はきれいな大輪の向日葵を俺にくれた。会うたびに綺麗というよりかわいい笑顔を見せてくれる乃愛には完全に惚れていた。


ついに8月3日、乃愛と二人きりで行く花火大会の日だ。俺は朝から部活をサボってまで準備をし、服装や髪型をバッチリ決める。今日が勝負だ。気合いと不安を胸に抱えながら、集合の駅まで向かった。道中は沢山のカップルがいて、それがさらに廉の気持ちを奮わせた。駅で乃愛と会うと、乃愛は大輪の向日葵を今日も俺にくれた。もうそんなに向日葵はいいよと言っているのに大輪の輝かしい向日葵を持ってきてる。「あなただけを見つめる。」か。俺はニヤニヤの止まらない顔を誤魔化し、花火会場へと歩いた。だが雨男の俺のせいか、青黒い不気味な空から雷雨が降り注ぎ、花火は途中で中止となってしまった。だが帰り道、乃愛の家の近くまで乃愛を送ると思いもしない展開が起きた。じゃあね。と言おうとしたその時、乃愛が恥ずかしそうに一輪のツツジを差し出し、「嫌い」から始めて花占いをしてほしい、それが私の気持ちです。と言うのだ。そのツツジの花弁は六枚あった。

嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き。

最後の一枚を取り終わると俺のいうセリフは決まっていた。

「俺も好きです。」

乃愛は二ヤリと笑い、俺と乃愛は無事交際が成立した。最後に別れのハグを交わし、幸せいっぱいの気持ちで反対方向へと歩き始めたその時だった。

「キーーーードン!!!」

心臓が飛び出るほどの胸騒ぎを感じ、後ろを振り向いたがもう遅かった。血まみれになった悲惨な乃愛の姿はこの世で一番目にしたくないものだった。俺はもう、地面に座り込んでただ涙を零すことしかできなかった。


10年後、俺は乃愛を忘れることが出来ず、恋愛は一切していなかった。高校の仲間達が次々と結婚していく中で、疎外感を感じていた俺は、あの8月3日の日、乃愛と一緒に見に行った花火会場へと足を運んでいた。ここへ来るのはもう何回目だろうか。あの日の事を思い出し、苦しい気持ちを抑えながら帰ろうとしたその時だった。ある1匹の犬が俺の横を通り過ぎた。始めは見過ごしたが、その犬が咥えていた物を見て俺は震えた。大輪の向日葵。その犬は俺に向かってきて大輪の向日葵を差し出した。乃愛と同じだ。たまたまかと疑ったが、その犬が醸し出す雰囲気もなんとなく乃愛のもののような気がする。その向日葵を受け取ると、その犬は尋常ではないくらいに俺に懐いた。乃愛を思い出してしまった俺は、その犬を家に持ち帰った。俺はその犬を乃愛のように扱い、そのまま乃愛と名づけ、大切に育てた。俺はいつの間にか乃愛といるのが生きがいになり、また人間の乃愛と一緒に過ごせているような気がしてとても嬉しかった。


乃愛と出会ってから3ヶ月が経ったある日、乃愛は体調が悪くなった。獣医でもある叔父の所へ連れていくと、すぐに体調は回復した。乃愛という名前を聞き叔父は、ハッと思い出したように俺にある話をしてくれた。それは、俺と乃愛が8歳で出会った理由だった。乃愛の親は俺が幼い頃、なぜだかは忘れてしまったらしいが、俺の親に見殺しにされて死んでしまった。その裁判で俺と乃愛は出会ったと言うのだ。それを聞いた瞬間、俺の背筋は凍った。凍ったというより正確には背中に凍ったような痛みが走った。乃愛は俺の首に被りつき、全身の血を吸った。意識が朦朧とする中、乃愛は俺の耳元で囁いた。

「私と相思相愛だと思った?そんなわけないじゃない。」そんなわけない。大輪の向日葵だってツツジの告白だって嘘じゃないはずだ。続けて乃愛が言う。

「向日葵の花言葉はあなただけを見つめる、だけど大輪の花言葉は違うの。」なんだ。俺が問うと、

「偽りの愛よ。」

まるで腐り萎れた向日葵を見るような目で言った。ツツジの告白は。あれだって意味がわからない。

「ツツジの花弁は一見複数枚に見えるけど実は1枚なの。嫌いから始めてるんだからそのまま嫌いでおわりよ。」そうか。乃愛は始めから、全部全部復讐だったんだ。幼い頃に両親を失った恨みを、俺で晴らそうとしていたんだ。前世の憎悪が乃愛をそのまま犬として変身させたのか。部屋には、向日葵の香りが充満していた。明るかったはずの乃愛の顔は、向日葵の種のような暗い視界に奪われていった。

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