昇竜恋慕

@has314159

龍になりました。

 例えばの話をしよう。もし君が今“龍“になったらどうする?

空を自由に駆けるだろうか、炎を吐いたりしてみるだろうか。

それとも、恋をするのだろうか。

突拍子もない話の様に聞こえるかもしれないが、「事実は小説よりも奇なり」というように俺からすれば、これは小説でも童話でもなく‘現実‘である。

これから話すのは、そんな俺の青春の一幕である。


 ピピピッピピピッ

不快な音と共に意識が覚醒し始める。

「うるさい。」

半覚醒状態で、アラームに手を伸ばす。

「ん?」

しかし、いつものように手を伸ばしてもそこにアラームはない。

(そんなに遠くにおいたっけな)

そう思いながら、仕方なく起きようとすると、

「あれ?」

謎の浮遊感に襲われた。

「え?なんで?浮いてる?」

急いで目を開けると、俺の目に映ったのは朝の光が差し込むいつもの俺の部屋だった。いつも通りだと思うかもしれないが、いつもはベッドから見る部屋が今日は天井から見たものになっている。

「え、、」

人は自分の理解の範疇を超えたものを見ると、単純な反応しかできなくなると言ったがあれは本当らしい。現に今俺の口から出るのは驚嘆の“え“のみである。

「ど、どうなって、痛っ」

状況を飲み込もうとしていると、どうやら天井に頭をぶつけたらしい。

「幽体離脱じゃないの?!」

てっきり俺は人が死ぬ直前に経験するという幽体離脱か何かだと思っていたため、自分の痛覚の感触に違和感を覚えた。

「待て待て、ってことは俺は死んでない。でも浮いてる。結局どういうこと!?」

全くわからない。自分が浮いている意味も、なにやらさっきから髭がこしょばゆい意味も。

「ん?髭?」

そういえば俺に髭なんか生えてたっけと思いながら目線を下に落とすと、

「えっなにこれ!?」

そこには人間のものとは思えない金色に輝く長々とした触手の様なものがあった。そこで合点がいく。さっきから感じた髭のこしょばゆさはこの触手が部屋の壁に当たっているからであった。

「あぁなるほどねぇ、、、」

もうこの時すでに俺の脳は麻痺していた。いや、正確にいえば俺の脳は思考を放棄し、成り行きに任せることにしたのだ。きっと夢なんだ。そんな楽観的な希望を胸に現実を見ることをやめた。

「と、とりあえず戻らないと。」

そう思い体を前に傾けると、

「え、ちょ、ちょっと早すぎない?と、止まれなっ、痛っ」

ものすごい早さで床に激突した。鼻に激痛が走る。

「痛ぃ、、あれでもなんで鼻だけ?」

そう、今俺が感じているのは鼻の痛みだけ。日本人は特に顔が平たいと言われているので顔面から床に激突すれば顔全体が痛いはずである。事実、俺が寝坊して、焦ってベッドから転げ落ちた時にはなんとも耐え難い痛みが顔面全体を襲った。

「ていうか、鼻大丈夫かな?」

そう思い、右目を閉じて左目で鼻を見ると

「あぁ、ね」

もう驚きもしなかったがそこには人間の鼻にしては長すぎるものがあった。

「、、俺、人間じゃなくなったのね。」

やっと脳が状況を読み込んだ。さっきまでの髭や浮遊感はもしかしたら超能力とか急成長したんじゃないかと思っていたが、この鼻でやっと理解した。

「でも、これだけ鼻と髭が長くて、宙に浮ける動物ってなんだろう?」

思考を巡らせては見るものの、俺は一つしか思い浮かばなかった。

「いや、絶対ないな。いや、でもそれしか、、」

半信半疑になった俺は、ある実験をしてみることにした。

それは“手“をみることである。

「よし。これで最後だ。」

体を思いっきりくねらせて自分の手を凝視する。

「あっ」

そこにあったのは、鱗に覆われ、長い爪を持った四本指のゴツゴツした手であった。そこで俺は確信した。

そう、今日俺は“龍“になった。

 それから俺は、慣れない手で窓のクレセント錠をあけ、外を見る。幸運なことに今日は快晴で絶好の飛行訓練日和であった。無駄に冷静な俺の脳は、龍であると確信を持った瞬間、空を飛びたいとただ単純にそう思った。そのために俺は飛行に慣れようと思った。

「よし。」

窓に手をかけ、思いっきり外へ飛び出す。天高くへ飛び出していくのかと思いきや、想像に反して体は地面へと向かっていく。

「え、なんで?待って待って止まって!」

自由落下する俺の体はみるみるうちに地面へと近づいていく。

「お願い、とまれ!」

思いっきり体を逸らした瞬間だった。突然急ブレーキをかけたように体が止まった。地面まであと数センチというところだったので冷や汗もいいところである。

「まあ、汗出ないけど。」

そんな茶番をしていると、

「りゅ、龍?」

しまった。誰かに見られたと思い、声のする方向を見ると、

「え、み、美咲ちゃん?」

そこにいたのは、同じクラスの空丘美咲ちゃんだった。

「ど、どうして龍が私の名前を」

「いや、その、ち、違くて」

(そうだ、今の俺は龍だ。そんな龍が急に名前を呼んできたら怖すぎる。とりあえず逃げないと。)

そう思って逃げようと知ると、

「ま、待って。そ、その、あ、ありがとう。」

「え?」

急に“ありがとう“と言われて困惑していると、

「助けてくれたでしょう?」

そういえば落ちてくる時に急ブレーキをかけたせいでものすごい風が発生していた。

「もしかしてさっきの風のせいで?」

というと、うんと頷いて指を刺した。その先には、石の壁と完全に気を失っている男がいた。

「私、さっきそこの男に声かけられて、言い寄られてたの。それで、困ってたらあなたが降ってきて、それで助けてくれたでしょう?」

「あぁ、なるほど」

つまり俺は無意識のうちにナンパされている女の子を助けてしまったらしい。

俺もなかなか罪な男だなぁと思っていると。

「そのなにかお礼でも」

「い、いやいや、ほんと大丈夫だから。」

日頃から女の子の扱いに慣れていない俺は、うまく言葉が出ない。

「いや、でも、助けてもらってなにもしないっていうのはちょっと、、」

「うぅん」

困った顔をされたので何かないかと考えてみる。そういえば俺は飛行訓練をしに外に出たのだったと思い出すと、一つに案が思い浮かんだ。

「飛行訓練に付き合ってもらうのはどうだろう?」

「飛行訓練?」

「そう。実はまだ飛び慣れてなくて、その飛行練習に付き合ってくれないかな?」

なぜと思うだろうが、実技において客観的評価というものは大変重要なものである。それ故に、一緒に付き合ってもらうことで早く上達するのではないかと思ったのだ。

「全然いいよ!」

そう言って無邪気に笑った彼女の顔を見て、俺の心は激しく鼓動し始めた。

(な、なんだこれ?緊張してるのかな?)

ちょっと焦ったが、男として意地を見せねばと思い、振り切る。

「背中に乗って!」

「うん!!」

そう言って背中に乗ってもらう。しかし、あまり重さは感じず、なんて軽いんだと感動した。

「じゃあいくよ」

先ほどの急停止でちょっと飛び方がわかっていた。要するに、“操縦桿“である。行きたい方向に体を向ければ、そちらに進む。いかにも単純な原理であった。しかし、俺は羽ばたき方を知らなかった。鳥が羽の広げ方を知っていても羽ばたけないように俺もまだ“飛行“の仕方を知らない。どうしようかと悩んでいると、

「ねぇ、自分を信じて、飛びたいって思いながら地面を思いっきり蹴ってみて」

背中にいる彼女がそう囁く。

「わ、わかった。」

妙に信憑性のある彼女の言葉通り俺は心の中で願った。

(飛びたい、あの空へ羽ばたきたい)

そうするとあの浮遊感を感じる。まるで突風が吹くように周りの木々も共鳴する。

行ける。

そう直感した俺は、思いっきり地面を蹴る。

「あっ」

俺の体は空へ舞い上がっていた。

「で、できた。」

空を駆けるという感覚が欲しくて、そのまま縦横無尽に飛行する。

「あぁ、楽しい」

飛行の疾走感はこれまで感じたことのあるどんな感覚よりもずっと清々しいものだった。

 その日中俺は、彼女と共に様々なところに行った。いつも遠くに見える高い山の山頂や、海岸から見える水平線の向こう側。そして今、俺たちは雲の上にいる。夕陽にてらされて二人で物思いに耽る。

「楽しかったね。」

「うん。」

「ねぇ、なんであの時飛び方を教えてくれたの?」

「だって、困っている様に見えたから、恩返ししないとって思って。」

「どうして知ってたの?」

「昔ね、ある本で読んだんだ。飛べない鳥が空を飛ぶ話。“かもめに飛ぶことを教えた猫“っていうんだけどね、その中で猫が言うんだ、“自分を信じて、飛びたいと願えばそらは君を受け入れてくれる“ってその言葉を思い出したんだ。」

それを語る君は、どこか悲しそうだった。

 「今日はありがとう。おかげで色んなことを知れたよ。」

地上に戻ると君は背中を降りて、言った。

「またいつか会おうね」

「うん」

その時の君の顔はまた心臓の鼓動を早くした。


色んなことを知ったのは俺の方だ。

君のおかげで俺は、“恋“を知ったから。

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