俺が守ってやるから、俺を上手く使え
「よっ。俺の研究室行かない?」
「これがナンパというやつですか……」
翌日、校門で待ち構えていた先生は登校してきた私をそんなノリで捕まえた。
昨日のしおらしさはなんだったのでしょう、というくらいに軽かった。
「よくよく考えたらさ、俺達はお互いのことを表面上でしか知らなかったんだよな」
「そうですね」
「だから、プロフィールにはないお互いのこと教え合おうぜ」
「何のためにでしょう」
「愛を深めるためにだろ?」
しょんぼりさせてしまった罪悪感はあった。はっきり言いすぎてしまったなぁ、という罪悪感は確かにあった。なのに、それが一瞬で無になった。
私はじっとりと先生を見上げた。
「先生といると目立つので困ります」
「だから俺の研究室行こうぜ」
「そんな理由なら話しかけないでほしいです」
「なんだよお前、教室来るなの次は話しかけるなって言うのかよ」
「話しかける理由はそれしかないんですか?」
「それしかないが?」
私は頭を抱えた。
教師であるなら建前でも「魔法のことで」とかなんとか言えばいいものを、この人は堂々と「愛を深めるため」とかおかしなことを言う。
それも結構な声量で言うものだから、登校してきた生徒が私達のやりとりを興味深げにチラ見していく。
どうにも話しが通じないので、私は逃げることにした。
「もういいです。先生、そんなことより、そこをどいてください」
「そんなことッ」
「そんなことです。どいてください」
「そんなことって言われたッ」
「もう、本当にどいてください」
「愛の育みを拒否されたッ」
「先生、私、遅刻してしまいます……」
頑なにどこうとしない先生を強引に突破することにした私は、再び「迷惑です」と打ち砕く。先生がショックを受けた隙をついて脇をすり抜け、全力で走った。
大丈夫。きっと、大丈夫です。先生は立ち直りが早いようなので……
「遅刻なんて俺の権力でどうとでもしてやる!」
もう立ち直ったみたいなので、大丈夫です。
私は遠慮なく教室まで走って逃げた。
そんな先生とのやりとりを、一番見られては厄介な人達に見られてしまっていた。
「クズ教師にどう取り入ったのかは知らないけれど、育ちが知れますわね」
魔法実技の授業中。
植物の種に魔力を注ぎ込み育成させるという、魔力コントロールの練習の時間だった。
さっさと課題を終わらせた魔法に関しては優秀な三人組が、苦戦する私の元にやってきてそんなことを囁いた。
「……別に、取り入ってません」
これに関しては私も本当に困っていることなので否定するが、そんなことは三人組にはお構いなしだ。私の答えがどうであれ真実がどうであれ、三人組にとって大事なのは私に突っかかるネタが有るか無いかなのだから。
その証拠に私の返事をスルーした三人組は、パッと明るく笑顔をつくった。
「まぁウェンディさん、苦戦しているようですわね。手伝ってさしあげましょうか?」
「そうですわね、遠慮はいらないわ」
「同じクラスのよしみですものねぇ」
「えっ……」と戸惑う私を押し退けて、三人組は私の向き合っていた植物の種に魔力を注ぎ込み始めた。
「待っ……そんなに注いだら……!」
注ぎ込む魔力をコントロールして育てる植物の種は、つまり、注ぎ込まれる魔力量が多ければ多いほど大きく育つ。
三人分の魔力を吸った植物の種は、私の微量な魔力を吸っていた時とは違い一瞬でぐんぐんと蔓を伸ばした。
「ちょっと失敗してしまいましたわね」
ドン、と体を押された私は成長の止まらない植物の前に突き出され、呆気なく蔓に絡み取られてしまった。抵抗すればするほど蔓が巻きつき、肥大化した植物に引き寄せられる。
あちこちでは悲鳴が上がり、担当の教師が何事かと焦って事態を把握しようと声を荒げていた。
「た、助けて……!!」
力の限りに訴える。
けれど私の「助けて」は騒ぎの中で誰かに届くことはなく、私が絡み取られていることすら誰にも知られることはなく。
どうしよう、どうしよう、と溢れる涙で視界がぼやけた時に、体がグイッと強く引かれた。
「……あのさぁ」
太く長い、私に絡みついていた蔓がぶちぶちと呆気なく千切れたのは、火により焼き切られて脆くなったからだ。
引かれた先で力強く抱きとめられて、顔を上げれば先生が暴走する植物を見据えていた。
「こちとら、迷惑はかけなれてんの。どうせお前は被害を
銀髪が揺れる。
天井を突き破りそうな勢いの植物に手のひらを向けた先生は、ニッと笑った。
「
燃え上がる炎は、もはや爆発だった。
植物は瞬く間に炎に包まれ、動きを止めた。かろうじて突き破ることのなかった天井は、先生の魔法によって大きな穴が開いた。
轟々と燃える炎はとにかく豪快で、騒然となっていた周囲はいつしか唖然として静まり返っている。
植物がパチパチと音を立てて朽ちていく様子に、誰もが釘付けとなっていた。
「俺が守ってやるから、俺を上手く使え」
抱えられたままの私は、腕の中でその言葉を聞いた。そっか、私、どうせ被害を被るんですね。
自然と納得して、頼もしさを感じてしまった腕に、そっとしがみついた。
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