冬の思い出

@satsuki_25

冬の思い出

 「おばあちゃんの家に遊びに行かない?」

クリスマスも過ぎ、世の中の浮ついた空気も薄まってきた頃、お母さんから思わぬ誘いが。

「えっ。いきたい」

咄嗟に答えてしまったけど、おばあちゃんの家は、たしか東北の方だったはず。春から中学に進級したわたし、つむぎは、部活に勉強に遊びに大忙しだが、小さい頃は毎年東北の方に旅行に行っていたのだ。おばあちゃんの家の近くには親戚の男の子がいて、小さい頃は雪合戦をしてよく遊んだものだ。お母さんはおばあちゃんの真似をしながら、

「おばあちゃんからそろそろ「つむぎの顔が見たいわ〜」って言われちゃって。」

と苦笑を浮かべる。

「わたしも久しぶりにおばあちゃんに会いたいなあ。」

 そうして、冬休みに旅行計画を立てた私たちは新幹線でおばあちゃんちに向かった。浮き足立っていた私を見て、

「本当に落ち着きがないわね〜。」

とお母さんが言う。私ももう中学生だし、子供扱いされてしまうのは悔しい。窓を見ると、景色は次々と後方に流れていって、ビルや住宅街だったものが、どんどん畑や山々の雄大な緑色が私を囲む。

「あっ、雪だ。」

山頂付近に真っ白な雪が積もり、帽子をかぶっているみたいだ。今年初めての雪に気分が高揚する。おばあちゃんの家に着いたら、また雪遊びができるかな。今年は可愛い雪だるまも作りたいな。その後は景色を見ながら駅弁を食べ、気づけば眠りに落ちていた。

ピンポーン

 一面の雪景色に、玄関のチャイムが響く。引き戸がガラガラと音を立てて開くと、何年も顔を合わせていなかったおばあちゃんが微笑んでいた。

「あらいらっしゃい。久しぶりねえつむぎ。」

「おばあちゃん!久しぶり。」

数年会っていないからなのか、少し気恥ずかしい。お邪魔します。と一声かけ、おばあちゃんちにあがると、懐かしい空気が胸いっぱいに広がった。おばあちゃんが淹れたお茶、居間の畳、赤色のこたつのどれもがあたたかく、わたしを優しく迎え入れてくれた。おばあちゃんは変わらず優しい笑顔だが、少し小さくなったように感じた。正確にはわからないけど、ただ、おばあちゃんもわたしも、歳を重ねていくんだと改めて実感し、なんだか寂しくなった。

 おじいちゃんは、私が生まれる前に病気で亡くなったらしい。仏壇のところにある写真でしか見たことがないが、綺麗な白髪で、優しい表情をしていて、なんとなくお母さんに似ている。若い頃おばあちゃんに一目惚れをして、もうアプローチをしたんだとか。おばあちゃんとお母さんはこたつに入るなり話を始めて、すっかり話し込んでしまった。そんな二人を眺めていると、ふと小さい頃の記憶がよぎる。

 小さい頃、親戚の男の子のはるとという友達がいた。その子とはよく、雪合戦やかくれんぼ、カードゲームなどたくさん遊んでいた。淡い記憶の中で、最も思い出深いのは、はるとと一緒に行った夏祭りだ。おばあちゃんに着付けをしてもらって、水色の涼しげな浴衣を着た私。はるとと一緒にカラコロと音のなる下駄を履いて、屋台を巡った。

「はると!走ると危ないっておばあちゃんが。」

天真爛漫なはるとは興味があるものに一直線だった。

「大丈夫だって。ほら、あっちに射的がある。つむぎもしようぜ!」

そう言って、無理やり私の手を引いて屋台の方へ駆け出す。そのあとは二人で迷子になって大泣きし、おばあちゃんにこっぴどく叱られた。

わたしが来れなかったこともあり、はるととは疎遠になってしまったが、今どうしているのだろう。今回の旅行でもまた会えるのだろうか。後でおばあちゃんに聞いてみよう。

 「つむぎ、長旅で疲れたでしょう。みかんあるわよ。」

そう言うと、おばあちゃんは丸くて綺麗なオレンジ色のみかんの皮を慣れた手つきで剥く。

「はい。どうぞ。」

「ありがとう。おばあちゃん。」

わたしはおばあちゃんが剥いてくれたみかんを受け取り、ふわりと広がる香りを楽しむ。半分、また半分と割り、一切れにしてひょいと口に放り込む。甘酸っぱい果汁が口の中いっぱいに広がり、自然と笑顔になる。

「やっぱり、おばあちゃんの家で食べるみかんが一番だね。」

そう言いながら、もう一切れ口に運ぶ。おばあちゃんはにこやかに微笑むと、みかんを頬張るわたしを優しい目で見守っていた。お腹がいっぱいになったのか、猛烈な眠気に襲われる。

「少し休んだらどう?」

とおばあちゃんが優しく声をかけてくれる。

「うん、そうする…」と呟く。

おばあちゃんとこたつの温もりで心も体も温かくなったわたしは、ゆっくりと目を閉じていった。外の風が窓を揺らしている音がかすかに聞こえるが、それさえも心地よい子守唄のように感じる。ぬくもりに包まれながら、わたしは少しずつ夢の世界へと引き込まれていった。

 気がつくと、見慣れたおばあちゃんの家の中を、小さな四つ足で歩いていた。これには違和感を感じ、鏡に映る自分を覗き込む。そこに写っていたのは、雪のように真っ白な毛並みをした猫だったのだ。すると、おばあちゃんが近くに来るが、なんだかとても大きく感じる。わたしは一瞬戸惑ったけれど、不思議と怖さはなく、むしろワクワクした気持ちが込み上げてきた。おばあちゃん。といつも通り声をかけたつもりが、

「にゃあ。」

と猫の鳴き声が響いた。おばあちゃんはにっこりと微笑んで手を差し出してきた。わたしはその手を拒むことはなく、柔らかい毛が撫でられる感覚を楽しんだ。

 ふと目が覚めると、趣深い天井と、少し時刻の進んだ時計が目に入る。目を擦る手は白くてふわふわの手ではなく、人間であるわたしの手だった。

「あらつむぎ。起きたのね。」

おばあちゃんが飲んでいた湯呑みを置いて、変わらない笑顔でこちらを見る。

「うん。よく眠れたなあ。」

なにか不思議な夢を見た気がするけれど。

「うーん、思い出せないや。」

次の日、わたしの中で大きなイベントがあった。

おばあちゃんから、

「今日、はるとがうちに遊びに来るみたいよ。」

と聞かされているのだ。

少し緊張しながらも、嬉しさを感じる。疎遠になってしまったが、はるととの思い出は今も心に残っているのだ。3人でご飯を食べてゆっくりしていた頃、家のチャイムが鳴る。

「はるとかしら。つむぎ、開けてきてくれる?」

と、おばあちゃんに言われる。

「うん。わかった。」

内心どきどきしながらも、ドアを開ける。一回り、二回り大きくなったはるとが笑顔で立っていた。

「つむぎ!」

名前を呼ばれると、さっきまでの緊張が解かれ、わたしも自然と笑顔になる。

「はると!久しぶりだね。」

「本当に。でも全然変わってないや。」

二人でおばあちゃんのいる居間へ向かう。はるとは変わらず元気いっぱいで、楽しい話を沢山聞かせてくれた。

 その日の午後、はるとと私は、近くにある公園に出かけることにした。冬の寒さにも関わらず、はるとは相変わらず元気いっぱいで、昔のように雪合戦をして遊んだ。はるとは手袋をはめた手で雪をかき集め、雪玉を作り始める。私も負けじと雪玉を作り、はるとに向かって投げつけた。

「おい!」

はるとは笑いながら雪を拭うと、持っていた雪玉をわたしの方へ投げつけた。

二人でふざけていると、ふと公園のベンチの近くに小さな動く影を見つけた。

「あれは、猫?」

その影に目を凝らした。真っ白な雪の中に、同じく真っ白な毛並みの小さな猫がじっとこちらを見ていた。その猫に近づこうとすると、突然、その猫が公園の外に走り出した。

「待って!危ない!」

私は急いでその後を追いかけた。猫は何かに驚いたようで、そのとき、車が近づいてくるのが見えた。

「つむぎ!」 

はるとの声が聞こえる。私は無意識のうちに猫を抱き抱えると、道路の反対側へと飛び込んだ。車のクラクションが響き、心臓は激しく動いている。

 その時、体に違和感を覚えた。目線が低く、身体が軽くなっていくような感覚がしたのだ。

驚いて手を見ると、白い毛に覆われた小さな猫の手になっていた。私は驚きのあまり言葉を失った。

「どこに行ったんだ?」

はるとの声が遠くから聞こえる。猫になってしまったことを知らせようとしたが、どうすることもできない。仕方なく、そのまま家に戻ることにした。

 おばあちゃん家に戻ると、変わらぬ温かい空気に包まれていた。しかし、何か違和感を覚えた。居間の方から、おばあちゃんが苦しそうに呼吸をしている音が聞こえたのだ。急いで居間へ向かうと、おばあちゃんが床に倒れ込んでいた。私はその場にとどまり、助けを呼ぼうとしたが、

「にゃあ。」

という猫の声しか出ないのだ。試行錯誤して、近くにあった貯金箱を、足を使って落として大きな音を立てた。

「何?今の音。」

お母さんが異変に気づき、急いで居間へ駆けつけた。そして、おばあちゃんの状態を見てすぐに救急車を呼んでくれた。その間も、私はおばあちゃんの側を離れずにいた。しばらくして、救急隊が到着し、おばあちゃんは病院へと搬送された。

「猫?つむぎはどこ?」

はるとは猫になった私を見つけ、心配そうに問いかけてきた。はるとの手が私をそっと撫でると、不思議なことに、不安でいっぱいだった心が落ち着いた。そして、次の瞬間、私は再び人間の姿に戻っていた。

「つむぎ?あれ、猫は?」

はるとは驚いたように私を見つめたが、私はただ微笑んで、

「おばあちゃん、助かってよかったね。」

とだけ言った。

その後、おばあちゃんは病院で手当てを受け、無事に回復した。私たちはほっと胸をなでおろし、再びおばあちゃんの笑顔を見られることに感謝した。猫になった出来事は不思議で、少し夢のような気がしたけれど、確かにおばあちゃんを助けられたことは本当に嬉しかった。

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