第8話 『魔砲師』

 時刻は夕暮れ。

 場所はとある村の近郊。


「ありがとう、お兄ちゃん!」

「どういたしまして」

「貴方様がいなかったら、一体どれだけ被害が出ていたことか」

「間に合ってよかったです」


 そう言って礼儀正しく敬語を使うのは、本体。

 ではない。


 分体である。

 本体のいないところではなるべくふざけないようにしているのだ。

 ツッコミ役を他の人にやらせるのはかわいそうだからという理由である。

 分体たちは決して口にしないが、あれは一種のじゃれ合いのような物なのだ。


 それはさておき。

 分体たちは今、セントルシアに点在している村人たちの避難作業に従事していた。

 影たちのレベルが徐々に高まってきていることにより、村の衛兵では対処できない可能性ができているのだ。


「あのぉ、いつごろ帰れますかね?」

「すいません。それに関しては何とも。ただ全力を尽くして、ユニークスを討伐をさせてもらいます」


 そうは言いつつも、一月はかからないだろうとオーマも分体も考えている。

 ソレは彼らの自信からくるものではない。

 単にそれ以上の時間を掛ければ、彼らの戻る場所はとうになくなっているだろうという確信からだ。


 それほどまでに今回の影のモンスターを操るユニークスの脅威度を高く見積もっていた。

 そのユニークスから手に入れられるスキルという利得の面でも、このセントルシアに住まう人々の被害という面でも、早急に討伐しなくてはならない。


 そう考えていた瞬間だった。


「!」


 咄嗟に結界魔術を励起。

 馬車と自分を結界で覆う。

 直後にその結界に火球がぶつかり、爆炎がまき散らされた。

 

「どこのどいつだ? 村人を狙うなんて」


 あるいは自分を狙った攻撃だろうか。

 どちらにしろただではおかない。

 そう決意した分体の前に、人影が躍り出る。

 ソレは影のモンスターではない。


「お前らは、何ものだ?」

「俺たちはお前に正義の鉄槌を下す者!」

「このゲームの健全性を損なう害悪よ! 今ここに潰えるがいい!」


 一瞬で分体は相手の素性が分かった。


「アンチスレの連中か」

「なっ」

「へ?」

「「何故分かった!?」」


 口で時間を稼ぎつつ、馬車に付与魔術を掛ける。万が一にも村人の乗っている、馬車に被害を出さないためだ。


「簡単なことだ。お前たちの口ぶりからして、自分を正義だと思っていることは分かった。けれど俺は悪と断じられるようなことはしていない」

「ぬかせ!」

「黙って聞けよ。むしろかなり行儀のいいプレイヤーだ。でもそれでもなお悪と断じるということは、俺の存在そのものが不都合で、不愉快ってことだろう。そんな連中、アンチスレの連中しかいないじゃないか」

「ふ、見事だな。だが俺たちがお前の推理をただ黙って聞いていいると思ったか?」

「すでに準備は終わっているんだよ!」

「それはこっちのセリフだ」


 迷宮で手に入れたスキルの一つ、『魔法発動兆候隠蔽』を使用して、その場にいた百人の分体は既に術式の発動準備を終えていた。

 

「『ファイア・カノン』」

 

 後は詠唱を言うだけでいい。

 それだけで数十人いたアンチスレ連合の面々は半壊した。


「な! 『魔砲師』!? 奴は『流体術師』ではなかったのか!?」

「この間転職したんだよ。『流体術師』はカンストしたからな」


 彼らの数多ある強みの一つは、この転職サイクルの速さだ。

 ソレによって大量のスキルと、膨大なステータス補正を獲得することができる。

 

「くっそ、クッソ! チーターが!!」

「抜かせ。仕様の範疇だ」


 ちなみに分体も本体も、どうしてここまで分体の経験が本体に還元されるのか、不思議に思っている。

 何か世界観的な理由があるのだろうか?

 それはさておき。


「それじゃあ、さっさと片付けてしまうか」

「そうだな。いくらか食べて、本体にスキルを献上しよう」

「人間はあんまりおいしくないんだけどなぁ」


 両手を触手に、背中に翼、両脚を獣に変じさせ戦闘態勢を取る彼ら。

 その姿にアンチスレ連合の面々は気圧される。

 すでに半分近くが魔砲師の不意打ちで、死んでいる以上無理もないことであった。


「ひ、怯むな! 俺たちはレベル五百だ! 奴よりもレベルが高い! だから大丈夫だ!」

「たかだか五十レベルの差で、俺たちを倒せるとでも?」

「数を見ろよ。数を」


 二十人を下回っているアンチスレ連合の面々に対応する五十人の分体。

 残りの五十人は後詰がいた場合に備えて村人たちを守っていた。


「『フレイム・ラジエーション』!!」


 火炎放射器を振り回して、分体を寄せ付けまいとする襲撃者の一人。

 しかし分体は自らのスキルの一つである『火属性無効』を励起し、そのまま突っ込んでいく。


「なっ! 無敵か!?」

「馬鹿野郎、火属性無効だ! ならこっちは氷属性で行くぜ!!」


 口から冷気を吐く襲撃者。

 それは『氷属性無効』を発動して、突破する。


「馬鹿な、無敵か!?」

「炎も氷も無効化……、分かったぞ、温度変化無効だ!! なら今度は雷で攻撃してやる!」


 飛んできた雷撃に『雷属性無効』を励起する。 

 

「ウソだろ! 本当に無敵なのか!?」

「シッ!」


 複数のスキルの恩恵を受け、切れ味を増した触手を振るって、敵を両断する。

 彼らは無敵であると勘違いしていたようだが、その実そこまで無敵というわけでもない。

 なぜなら属性無効系は二種類以上両立できないのだ。

 その理由は属性を無効化できるほどにその属性に親しんだスライムの肉体は、別物だと認識されるからだ。

 例えばドラゴンの翼で、『飛行』はできても『高速疾走』というスキルを発動できないように、変形部位・体質に応じて発動できるスキルは決まっている。

 『火属性無効』と『氷属性無効』を両立させられるスライムなど存在しないのだ。


 あるいは全ての属性に適性を持つスライムなんてものが存在したら、それも可能かもしれないが、それは机上の空論だろう。

 しかし現時点はそれでも問題なかった。

 彼らの攻撃の圧力では、分体の耐性高速切り替えに追いつくことなどできはしないからだ。


「クッソ! どうすればいいんだ!?」

「引け! 引け!!」


 逃げ出していくアンチスレ連合の面々。

 ソレを見ながら、分体たちは溜息をつく。

 

「やっかいなことになったな」

「ああ。村人の皆さんの移送に悪影響が出なければいいんだがな」

「それは無理そうだよなぁ」

「とりあえず本体に連絡しておこう」

「こういう時にテレパシーがあれば、速攻で連絡できるんだけどな」



 □


 そうして、俺への連絡が届く。


「怪我とかはなかったか?」

『村人の皆さんには傷一つつけさせなかったぜ』

「いや、お前たちに」

『…………問題なし』

「ならよかった。都市の護送が終わり次第、二百人態勢で行動してくれ。村人の皆さんの護衛をしていないグループは隠密行動を」

『本体も気をつけろよ。俺たちがやられなくても、本体がやられれば総倒れなんだからな』

「オッケー」


 さて。

 重要なことを言っておかなくてはならない。

 俺本体が死んだときに分体がどうなるか。

 ソレは。

 分からない。

 というのが本音だ。

 多分、俺がログアウトしている間も動き続けているから大丈夫だろうと考えている部分もあれば、スキルとか経験値とか、いろいろな部分を共有しているから本体が死ねば、分体にも同期して総倒れになる可能性もある。


 俺の最大の欠点であると言えた。

 ソレを防止するためにも、『分身共有』は必ず確保したい。

 そう決意を新たにする俺と分体、そしてアルリスとスカイの前に彼らは現れた。


「よう、チーター。ぶっ殺しに来てやったぜ」

「上等だ」


 対アンチスレ連合、開戦。


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