変身

@chuumonnoooi

変身



時は超IT時代。財、名声、権力、この世のすべてを手に入れた大富豪たち。様々なメカを開発した彼らの企業は次なる分野、人工知能、いわゆるAIの開発に力を入れ始めた。世はまさに、超IT時代!





「…じゃん?、ってねえ、聞いてんの?」

キレ気味にソウタが訊いてくる。

全く聞いていない。真夏の炭酸飲料に勝るものなんてこの世に存在しない。

「あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜うま。あ、ごめん聞いていない。なに?」

「それ俺に奢ってくれたら話すわ」

「なんだそれ。」

「いやこの前おれヒロキに奢ったじゃん。金返せよ」

完全に忘れてた。

「うわそうだった。…いいよ。これでチャラな。」

「ラッキー!ありがとーう!」

チャラになってもまたどちらかが奢ることになるけど。

俺とソウタは部活帰りにいつも自販機で飲み物を買ってたむろする。これは入部したときから習慣のようになっていた。ふたりともクラスに「友達」と自信を持って言える人はいないから、帰宅する時はいつも一緒だ。


高校入学後、バスケ部に入ったのは俺達だけだった。朝、昼、午後と練習をしていたら、否応なしに彼とは話すことになるし、クラスメートと過ごす時間なんてない。だからお互い一緒にいた。

いつも一緒とは言ってもソウタと俺には決定的な違いがある。

聞いた話によると、彼は超有名IT企業の社長の息子らしい。要は金持ちってことだ。練習で履いてるシューズもいいやつだし。その上頭もいい。おそらくこの世で最も出席番号一番が似合う男だろう。

一方の俺はthe平凡。ごく一般的な三人家族。俺が県内有数の進学校と言われるところに入学できたのも、ほぼ中学校で通っていた塾のおかげと言っていい。シューズも中学と一緒だ。


普通の自分がソウタのような存在に出会えたということが、人生で唯一普通でない出来事である。


「もうこんな時間か。帰ろうか。」

スマホを見て、ソウタが言う。部活は12時に終わったのにもう15時だ。

「また明日なー」「おう」

いつものT字路で別れを告げる。バスケは嫌いじゃないし、部の雰囲気もいいし、何よりソウタとただ話しているだけでも面白い。こんな日が永遠に続くのも

「悪くないな。」

横断歩道の途中で眩しい太陽を見上げアニメの一幕のような台詞をつぶやいていると、

車のエンジン音が聞こえた。何カッコつけてんだ。早く渡ろう。

と目線を太陽から外した瞬間、目の前がしばらく見えない。立ち眩みだ。気持ち悪い。

車が近づく。トラックだ。猛スピードで迫ってくる。死ぬ。


全身が一度にぶん殴られたみたいに痛い。瞬きも、呼吸もしたくないくらいだ。救急車のサイレンが近づくにつれ、生まれて初めて味わう気を失うような感覚がじわじわと伝わってきた。

死ぬのか?



「医師によれば、はねられたあとの打ち所が悪く、即死だそうです。」

人の声が聞こえる。真っ暗だ。これが死後の世界?

「そうですか…」

ソウタ?さっき即死って、俺は死んだのか?これはなんだ?

ラジオのように会話は進む。

「彼は、学校でなにか悩み事や、トラブルなどありましたか?」

「いや、特に何もなかったと思います、部活にも毎日来てましたし。」

「…はい、今日はお忙しい中ありがとうございます。ご友人が亡くなったのに質問ばかりで申し訳ありません。そろそろ署の方に戻りますね。何かあれば、いつでもご連絡ください。」

署って警察?

「はい、ありがとうございました。」

ドアが閉まる。

「コーヒーを入れて。」

ん?誰に言ってんだ?

ソウタがそういった瞬間、からだがビリっとした。

電子音がして、少し離れたところでコーヒーを注ぐ音が聞こえる。匂いはない。

「カーテンを閉めて電気をつけて。」

またソウタが誰かに声をかけた瞬間、今度は強めにビリっとした。

ガーっとやや大きめの音。カーテンが閉まって、電気がついたんだろうけど、目をつむっていてもわかるような光の変化は感じ取れない。


これはなんだ?おそらく俺は死んだ。たださっきの警察官といい、死後の世界でないことはわかる。さっきからソウタは誰に話しかけているんだ?無口なお手伝いでも家で雇ってんのか?そしてソウタが話しかけた時の、痺れるような、電気が流れるようなさっきのは何だ?


「エアコンの温度を下げて。」

また誰かに話しかけている。今度は電流はない。

「エアコンの温度を下げて。」

少し大きな声で言う。どうした?お手伝いは気絶したのか?

「あれ?バッテリー切れか。」

ソウタが近づきながら言う。

「充電コードは…っと。」

体が持ち上げられた?ソウタは俺を持っているのか?

少しすると体に電流が流れる感覚がある。

「おっと!」

「痛!」

おもわず声が出た。

声が出せた。

「は?ヒロキ?どこにいるんだヒロキ?!」

これ話せるのか?

「あーここだここ!」

「え?スピーカーから声が?ヒロキ?」

スピーカー?俺がスピーカー?

「そう俺だよ俺」

「事故に遭ったんじゃないのか?!」

「いや遭ったよ!お前もさっきから誰に話しかけてるんだよ?スピーカーってなんだよ?」

「いや、うちの会社の商品にあるんだよ。家で使ってんだけど、スマートスピーカーつって家具と連動してて話しかけるとAIがさ、その通りに動かしてくれんだよ。」

「いやすごいな!」

さっきからの電気が流れる感覚って、俺はそのスマートスピーカーとやらになったのか?

「もしかしてお前、死んでスピーカーに転生、みたいな事が起こってんのか?」

「きっとそうだ!」

「もう一度ヒロキと話せるなんて思いもしなかったわ」



そんな意味のわからないことがあってから一ヶ月ほどは、学校から帰ってきた彼といつも自販機で話すように、話をするようになった。

これも悪くない。もしかすると神様がこのまま永遠にこんな夏を過ごしたいという願いを聞き入れたのか。


月日は流れ、俺はスピーカーのまま過ごし冬になった。


「なあソウタ、最近スピーカーの調子はどうだ?」

「ああ、順調に動いてるよ、父さん。」

「協力してくれてありがとな。ソウタ。」

「いや、お礼を言われるほどでもないよ。」

「じゃあ、また来るよ。」

「さよなら。父さん。」


そんな会話が聞こえてきた。

「テレビを付けて。」

体がちょっとくすぐったい。もう電流にも慣れた。

「さっきのはお父さん?俺って新技術なのか?」

「そうなんだよ、じつは最新機種でね、半年くらいの試験期間が終わったら発売するらしい。」

「いままでは試験期間だったのか。中身が転生したやつだけど問題ないでいいのか?」

冗談交じりに尋ねてみる。

「問題ないよ。」

ソウタは意外と真面目な声で答えた。

「なんか眠いから、昼寝するよ。18時にアラームをかけて。」

そう言って、ソウタは寝てしまった。



「…私達〜社の新技術を発表します。」

しばらくして、つけっぱなしだったテレビから製品発表だろうか、プレゼンをする声が流れてきた。

「このたび、私達は人間の脳の細胞を機械の中に組み込み、人工知能を超えた、新たな存在を創り出すことに成功しました。」

すごいな。

「人間の脳細胞が機械の基盤のように動くことで、個人の声や性格など、といった個性をそれぞれの機械に持たせる事ができます。」

ん?

「我が社では、一年ほど前から亡くなった方の脳細胞を用いて、全世界数百の家庭において実用試験を行いました。」

これは俺のことなのか?

戸惑いや疑問で頭が埋め尽くされる。

そのとき、アラームが鳴った。

「んんーよく寝た。」

ソウタが目を覚ます。

「おい、ソウタこれどういうことだよ。」

「え?ああ、父さんの会社の新技術発表じゃん。」

ソウタは寝起きから声のトーンを一切変えずに言う。

「亡くなった人の脳で実用試験ってこれは俺もなのか?そもそも遺族に許可取ってるのか?」

「遺族には許可取ってるらしいよ。」

ショックだった。自分の脳が企業に使われていることも、それを家族が許可していたことも。

「…ただヒロキは少し違う。」

「え?」

今までの戸惑いとかすべてが飛んでいった。

「ずっと隠してたんだ。だけど言わなくちゃならない時はいつか来るって思って。」

いつになく真剣な声でソウタは続ける。

「俺はね、父さんから良い教育を受けさせてもらった。あの人の息子ということは将来のために勉強しなければならない。物心ついたときからそういう運命にある人間なんだと、自覚して生きてきた。でも勉強が中心で、頻繁に同級生とかと遊ばなかったやつに友達はいない。高校も、一人で勉強するだけの生活なのかと絶望していたよ。だから、父さんにお願いしてバスケ部に入ることを許してもらった。そして出会ったヒロキは人生で初めてできた友達で、親友だった。失いたくないと思った。そんなとき父さんの会社の研究の話を聞いた。これしかないと思ったんだ。」

「あのトラックは…」

「ごめん。ちょっとお金を使ったんだ。」

お金って、人殺しじゃないか?

「脳の採取は?家族は良いって言ったのか?」

「いや、内緒で取ったんだ、病院で。」

「そうか…ソウタに色んな事情があるのはわかった。でもこれはやりすぎだ。俺はお前がさっき言った親友じゃなくて話し相手にしかなれないだろ。人なんていつか死ぬんだ。技術に頼ることも、俺を大切に思ってくれていたお前も否定しないけどさ、個人の未来を奪わないでくれ。」


「…っ」


「もしお前がこのまま電子機器となった俺と生活を続けたいって言うならもちろん一緒にいるけど、」


「いや、!俺は自分の利益以外何も考えていなかったんだ。本当にごめん。俺は、なんて取り返しのつかないことを…」


「いいんだよ。もうどうにもならないからこそ、それだけわかってくれたならおれは何でも良いよ。このまま最先端機器として生き続ける。」


「ありがとう。」





「なあ、本当にそれで良かったのか?」

隣においてあるスピーカー第2世代に話しかける。

「いいんだよ。もうどうにもならない高校時代の声のまま会話したくないか?」

ソウタの声で、スピーカーは話す。



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