月蝕の夜に竜は吠える

kou

第1話 村の巫女

 半農半漁の村は、山と海に囲まれた少し険しい自然の中にひっそりと佇んでいた。

 村は豊かな緑に包まれ、山のふもとから海岸線までが生活の舞台となっている。村の山手には、小さな神社があり、村人たちが集まり祈りを捧げる場所でもある。村には、茅葺き屋根の家々が並び、穏やかな生活の風景が広がっていた。

 そんな村の中を一人の女性が籠を手に歩いていた。

 女性は、髪を後ろに束ね、質素な着物に身を包んでいる。髪には小さな飾りが付いた髪留めが輝いており、彼女の動きに合わせて揺れていた。

 彼女の瞳は静かな湖面のように深く澄み、その眼差しからは穏やかな優しさが滲み出ている。清らかな水のように透明で、見る者の心を和ませるような美しさを持つ女性だ。

 名前を千代ちよという。

 千代は家の間にある通りを抜けると、村の年配の女性・せんの家に寄った。

「泉さん、鎮痛効果のあるヤブニンジンを取ってきました。」

 そう言って、千代はヤブニンジンの根を泉に見せた。この根茎を乾燥させたものは、煎じて飲むことで風邪や頭痛などの症状を抑えることができる効能がある。

 泉は嬉しそうにした。

「いつも済まないね、千代さん。あんたのお陰で、みんな助かっているよ」

 千代は泉の言葉に穏やかな微笑みを返し、ヤブニンジンの根を丁寧に差し出した。泉はその根を手に取り、感謝の気持ちを込めて頭を下げた。

「千代さんは本当に神様のような人だよ。村の誰もが、あんたを慕ってる」

 千代は軽く首を振り、

「私はできることをしているだけですよ」

 と静かに答えた。

 千代はこの村に代々続く巫女の家系であった。

 今年の吉凶を占う他、災害の予見、魚群の場所等を村人に伝えるなど、彼女は神に仕える者として重要な役割を担っていた。その為、幼い頃から神事に関する様々な知識を学ぶ必要があった。

 また、自然と共存する暮らしの中で、薬草に関する知識も深く身につけていた。薬効成分を含んだ植物を用いた民間療法を行うこともあり、それが村人からの信頼を得る要因の一つとなっていた。

 しかし、彼女自身は自分の役目について特別な思い入れはなく、ただ与えられた役割を淡々とこなしているに過ぎないと考えていた。彼女にとって大切なことは、自分の役割を果たすことであり、その結果として人々の役に立つことができればそれで良いと思っているのだった。

 泉はヤブニンジンを家に持って入ると、奥から米の他、大根や椎茸等の食材を持って来た。

「お礼だよ。しっかり食べとくれ」

「そんな、こんなに……」

 千代は、いつもよりも多く持ってきた泉の好意に驚き、思わず遠慮しそうになる。

「何言ってるんだい。の食い扶持ぶちも必要だろ。あの人には村人は助けられたんだ。これくらい貰っとくれ」

 そう聞いただけで、千代の胸の中には複雑な感情が渦巻いていた。

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