日常に推しができた
くるみっこ
第1話
「はぁ……」
午後7時。
今日何回目のため息だろうか。
朝6時に起き、満員電車に揺られて、辿り着いた会社ではパソコンと嫌いな上司に向き合うだけの日々。つくり笑顔でなんとかやり過ごしてはいるが、1人になると話は違う。ため息が自然と出てしまう。そんな自分にも嫌気がさしてきた、社会人三年目の夏だ。
私は佐藤美羽。気づいたら社会人になっていた24歳だ。
親に言われた通り、小学校からエリートコースを歩んできたつもりだ。
テストではいつも学年の上位3人にはいたし、中学受験では中高一貫の難関女子校に合格した。大学だって、偏差値の高いあの大学に通った。
そんな私は今、大手IT企業で働いている。配属されたSNS部署は、女性率が高く、女子校出身の私にはありがたかったと思ったのも束の間、女性特有のねちねちとした闘いが日々繰り返される、とんでもない部署だった。特に直属の上司は、お局タイプ。怒らせると面倒だから、私はいつも全部自分の責任にしてしまう癖がついた。
今は帰りの電車に揺られている。今日も、つくり笑顔で闘いから逃れられた。仕事もちゃんと終わらせた。上出来ではないか。よくやったぞ、美羽。そう言い聞かせて、なんとかこの混沌としているのにつまらない車内での時間をやり過ごしている。
『次は大船、大船です。』
やっと最寄り駅だ。今日はなんだかいつも以上にふわふわとした、不思議な感覚を覚えていた。疲れなのか、電車酔いなのか、なんなのかは、正直分からない。分からないけど、いつもと違うことだけはわかる。その感覚に脅えながら、私は電車を降り、改札を出た。
「え、こんなとこ、あったっけ...」
改札を出て右に曲がったところに、真っ白い建物が、あたたかな色に照らされてぼんやりと光っている。
ついに幻覚を見るようになったのか?と思いつつも、何故か足はその建物に向かって止まらない。たった1分で、吸い込まれるかのように、その建物の前まで辿り着いてしまった。
『cafe 3rd.』
あたたかな色で照らされた建物には、くすんだ茶色の文字で書かれた看板がさがっていた。
「カフェ、なんだ、ここ。」
普段、カフェなんて、行かない。そんなオシャレなとこ、私が行く場所じゃないとずっと避けていた。なのに、なのに、なぜだろう、どうしても、ここに入りたい。気づいた時にはもう、ドアノブを握りしめ、ゆっくりと、でも大胆に、そのカフェの門を開いていた。
家具や壁は白で統一され、ドライフラワーが至るところにさがっている。オレンジ色の光が店内を照らし、なんとも居心地の良さそうな空気が流れている。お客さんもコーヒー片手に読書をしたり、絵を描いていたり、自由気ままに過ごしていそうだ。
こんなあたたかな雰囲気、いつぶりに見ただろうか、そんなことを考えていた時だった。
「こんばんは。よく、いらしてくださいましたね。」
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