済 本日、内田さんが悲嘆に暮れた。

 私が建物の中に入って4,5歩ほど歩いたとき、内田さんが悲嘆に暮れた。理由は不明だ。日頃から自分の不出来や物事の進捗状況を嘆くことが多い内田さんは、今日、またしても嘆いていた。その声がいつもより一段と悲鳴的成分を多量に含んでおり、内田さんがとても嘆かわしい環境にいたのだろうと想像した。


 そのときの声質は、当然ながら普段と変わらない。内田さんの喉が現在の若さを保つ限り、彼女の感情がどのようかにかかわらず彼女の声は(私から聞けば)美しい。その美しさに酔うこの私は、内田さんと目を合わさない。美がそこに存在するとき、鑑賞者は必ず第三者である必要がある。もし第二者となったとき、いったいどうすればいいのか分からなくなるだろう。

 しかし諦めるのは早い。隙間はあるはずだ。

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