☆第五話 西の町 ゴワス☆


「まったくもうっ! コルトったら エッチなのですからっ!」

「不可抗力だろ」

 湖の畔でクリスが着衣をしている間に、コルトは何か武器でも隠してはいないかと、捕らえた盗賊エルフの懐を探っていた。

「暴れるなって」

「うひゃひゃひゃっ! やめろっやめろぉっ!」

 城から逃走をして、姫の身分を隠して冒険者となったクリスが、初めて挑んで敗北したうえ裸で磔にされたという因縁の犯罪者が、捕らえた盗賊ラマドである。

「よくもクリスを裸に剥きやがって! 俺だってクリスを裸にした事なんて、ないんだぞっ!」

 怒りの根拠が間違っているものの、クリスの仇討ちに協力出来た事は、それなりに嬉しかったコルトである。

 ある種、意気揚々としながら探った盗賊のパンツのお尻側で、コルトの指が極薄い異物へ触れた。

「ん? なんだこれ…? 魔札(まふだ)?」

「うわっ、バカそれはやめろっ!」

「バカとは何だ、この盗人野郎が!」

 盗賊の慌てっぷりから、中々に貴重な札らしい。

「どれどれ? お、なんだよ『飛びっこ札』じゃないか! しかもレベル2かよ♪」

「コルト、何かありまして?」

 ビキニ鎧へ着替えを終えたクリスが、自分とコルトの荷物をずるずると引きずって、やって来た。

 冒険者になった際、王国の姫君であるクリスが自分のドレスを売って選んで買った紅いビキニ鎧は、大きなバストを窮屈に収め、丸くてツンと上向きな巨尻をTバックで飾っているという、非常に大胆なデザイン。

 お城育ちの王族で第三姫で一般常識が乏しいうえ、意識もどこか幼くて、防御力などに関する店主の説明もドコ吹く風で、お気に入りというだけで購入をした鎧であった。

 とはいえ、それが抜群に似合っている程な、クリスの美貌とプロポーションでもある。

 今も、捕縛されて座っている盗賊エルフの目の前で、艶々なうえほぼ剥き出しな大きいお尻を、無意識に左右へ揺らしていたり。

「見ろよ。この盗賊、こんな物 持ってやがったぜ」

 少し大きな街などの魔法道具のお店では、魔法が込められた札「魔札」が売られている。

 込められた魔法毎の種類と魔力の強さで、その効果と札の値段が変わり、目的地へのテレポートや武器防具などの強化や弱体化、敵対者への幻覚作用などなど、種類は様々だ。

 魔法が使えない冒険者たちや、魔力を温存したいダンジョン探索時などには、特に重宝されている。

「まあ♪ これは『素っ飛びのお札 レベル2』ではありませんか♪」

 コルトが見つけた、通称「飛びっこ札」は、テレポートの魔法が込められた魔札で、旅人や冒険者に需要が高い。

 使い捨てで、レベル1なら一枚で人間一人を、レベル2なら一枚で人間四人までを、それ以上なら更に多人数を、目的の場所までテレポートしてくれる札だ。

 これなら、二人が向かう予定の西の町まで、数日どころか今すぐにでも、到着が出来る。

 隙だらけなクリスの艶々ヒップをニヤニヤと眺めていた盗賊が、魔札を盗られたと思い出して、慌てて怒った。

「あっ、お前らっ! その札はお前らから盗った物じゃないんだっ! 返せ戻せぇっ!」

「つまり、別のどなたかから 奪った物ですのね?」

「うっ…っ!」

 クリスの推理は正解らしい。

 札について、コルトは思う。

「それにしても、レベル2か…。こいつが、クリスを連れてどこかの国へトンズラしようと思えば、出来たワケだ」

「まぁっ! 本当ですのっ?」

「そりゃあ そうだろ。なぁ?」

 と問われた今になって、その手段を思いついた様子の、盗賊エルフだ。

「……ああっ! そうすりゃあっ、この姉ちゃんを適当な街の売春宿にでも売っ払ってっ、金を手にして逃げる事もっ、出来たじゃないかああっ!」

 素直に失敗を口にしながら、捕縛されているラマドは涙に濡れる。

「うわお前っ、やっぱ手配書になるだけの悪党だなー」

「あなたなどに、売られて堪る物ですか! ところでコルト、その『ばいしゅんやど』…とは、なんなのですか?」

 クリスは、愛らしい媚顔を興味でキラキラさせながら、問うてきた。

「ん、まぁ…クリスは知らなくて良い場所だよ」

 娼館ではなく、売春宿。

 大きな街などでは、夜の繁華街には必ずと言って良いほど、それらの店が営業をしている。

 娼館とは、お店契約の高額な娼婦たちがいて、主に男性客の夜の相手をするという、国営とも言える性的な娯楽施設だ。

 対して売春宿とは、宿所有の売春婦が主に男性客のベッドでの相手をする密やかな施設で、料金も低額だけど本来は非合法な宿である。

 自らその道へ入った娼婦とは違い、売春婦たちは、非合法に連れられて強制的に働かされている場合も多いと聞く。

「そんな場所へクリスを売ろうだなんて、こいつは根っからの悪党だな」

「コルト! 私、この犯罪者に泣かされてしまったであろう女性たちの哀しみを思うと、憤怒で爆発をしてしまいそうですわ!」

「だからギルドで、手配書で貼られてたんだろうしな。そういうワケだから、色々と諦めな」

「ひぃぃいいいいいいっ!」

 自分を捕らえた少年剣士のヤレヤレ顔に、自らの運命を悟った盗賊エルフだ。

「じゃ、行くか」

 コルトがクリスと頷き合って、素っ飛びの魔札を額へ充てつつ、目的地だった西の町の名前を囁く。

 この時、ブーツに盗賊エルフが足を触れさせている事に、コルトもクリスも気付いていない。

「…ゴワス!」

 三人の身体が光って空へと跳ねた次の瞬間には、湖の畔から音もなく消失。

 同時に、防護壁で囲まれた町の入り口ゲートの、脇へ描かれているテレポート用サークル郡の一つへと、着地しながら出現をした。

「クリス、着いたぞ」

「………ほ、本当ですわっ♪ コルトっ、私っ初めて、魔札で移動をしてしまいましたのですわっ♪」

 衛士としての訓練で魔札を使った経験のあるコルトと違い、初めて魔札でのテレポートを体験をしたクリスは、興奮と感動で頬が上気している。

 テレポート用のサークルは、町の入り口を護る自衛団の詰め所から見える場所に設置されていて、当然だけど町の外だ。

 今日のこの地方は風が強く、冒険者たちが纏う旅用のマントも、南の風に押されて背中側から身体へと張り付いてくる。

 隣の町や村へ行く旅人や商人では、魔札の価格を考えると、そう簡単に使用はできない。

 サークルを利用する者は、遠くへ行く旅人や王国からの招集者や所用のある富豪、あるいはダンジョン探索などで怪我人が出たパーティーなどが、殆どである。

 なので、特に怪我人もおらず裕福でもなさそうなクリスたち一行が出現をすると、町を護る自衛団たちやゴワスの町を出入りする人々も、ちょっと視線を寄越したりした。

「おっ!」

「ぅおっ!」

「ほほぉ…♪」

 三人を見る人々が、ちょっと驚いたり笑顔になったりしている。

 自衛団や行き交う人々の中でも、特に男性たちは、ニコニコと嬉しそう。

「? なんだ? 俺たちが 珍しい冒険者でもあるまいに」

「コルトっ、早くゴワスの町を、見て回りたいですわ♪」

「ん? そうだな。ホラ立て」

 コルトは、捕らえたまま座り込んでニヤついている盗賊エルフの背中を、小突いて立ち上がらせる。

 クリスも、早く町見物をしたくて、盗賊へ向いて急かした。

「お早くなさいな。これからあなたを、町のギルトへ差し出すのですからね!」

「へ、へぇ…あのぉ、末期の願いぃ…なんですが」

 ラマドは意気消沈という小芝居で、コルトとクリスを見上げて、願いを申し出る。

「なんだ? 許してくれーとかいう話なら、聞かないぜ」

「それで、何をしたいのでしょうか?」

「うへへへ…ごほんっ! お、大人しくギルドへ突き出されますんで…道々、町の見物の為に、少し遠回りをして欲しく…。もちろん、道行きはお二人にお任せしますんで…へぇ」

 完全に囚人モードな、盗賊エルフである。

「…ふーむ」

「コルト、その程度でしたら、訊いてあげても 私は宜しくてよ。たとえ犯罪者であっても、末期の願いは聞いてあげるベキだと、私は考えますもの」

 と、クリスの隣に立つコルトへ、少し悲しそうな笑顔で伝えた。

「ぅ…」

 そんな優しくもの悲しそうな表情も、子どもの頃からクリスを見てきたコルトには、やっぱり眩しく感じられる。

「まぁ、クリスが良いならな。解ったよ。じゃ、少し遠回りをしてやる」

「へぃっ! お優しいお二人に、感謝いたしますです、へぇ…」

 願いを聞き入れられた盗賊エルフは、ニコニコな笑顔で立ち上がって、卑屈に頭を下げた。

 町へ入るには、自衛団の護っているゲートを通る必要があり、その際にはギルドの登録カードによる本人チェックが、絶対である。

 更に、クリスたちのように捕らえた犯罪者などを連れている場合、ギルドの手配書との確認を、自衛団にして貰う必要もあった。

「まあ、通るだけだ」

 慣れているコルトが先に立って、自衛団の青年にカードを呈示し、魔法チェックをパスする。

「OKです。どうぞ」

「どうも」

 街の入り口は、細くて長いゲートを通ると町の中、という造りだ。

「うふふ♪」

 初めて自分でゲートを潜るクリスは、楽しみでワクワクの笑顔な美顔。

 どこの村でも、これ程のゲートが必要の無い場合が多いので、先の村では未体験なのだ。

 クリスは、自分のカードを自衛団の青年へと、得意そうな愛らしい笑顔で呈示。

「どうぞ、よしなに♪」

「あ、はぁ…そ、それにしても、大胆ですね…♪」

 クリスの選んだビキニ鎧は、女性用のビキニ鎧の中でも、かなり攻めた露出加減だ。

 肌の露出を増やす事によって、敵対する牡の怪異などの視線を惑わし、一手送らせる効果もある。

 なので当然、そんなビキニ鎧を着こなせる女性は、つまりそれ程までの美貌とプロポーションを有するという、確固たる事実でもあった。

「まぁ…有り難う御座います♪」

「ほおぉ…これはお見事な♪」

「実に、よくお似合いですなぁ…♪」

 クリスを見たくて集まったらしい自衛団の男性たちの賞賛に、姫冒険者も、心が誇らしさで満たされてゆく。

「有り難う御座います、うふふふ…♪ それでは、私どもは 先を急ぎますので…♪」

 そんなヤリトリの間に、連れている盗賊の確認も終わり、コルトとクリスは狭い通路を歩き抜けて、ゴワスの町へと入った。

「まあ…城下街とは、また違う町並みですのね♪」

「じゃあまぁ…盗賊様の願い通り、大通りにあるギルドまでは 直接じゃなくて、海側の通りを歩いて行くか」

「は~い♪」

「こりゃあどうも、でっへへへ…」

 ここゴワスは、漁業で成り立っている貧しい漁村が発展をした、中規模な港町である。

 町から北の山々や南の砂漠を越えて、それぞれの町へ向かう為に冒険者たちや商人たちが頻繁に立ち寄るようになって、現在は忙しくなった漁業と同じくらいに、旅の中継地点としても機能をしていた。

 そんな町を、コルトとクリスが並んで歩き、その後ろを囚われの盗賊が、ニヤニヤしながら付いて歩く。

 町の中は、建物の影響か風も穏やかで、コルトたちの着ている冒険者用マントも正面からの風を受けて、背後でしなやかに靡いていた。

 初めて見る景色を、クリスは大きな瞳を興味津々に輝かせて、キョロキョロ。

「まぁ…それぞれの家屋は、二階建てまでしか ありませんですのね」

「沿岸の町でもあるしな。竜巻とかにも耐えられるように、家の造りもみんな 頑強だろ?」

 言われて、クリスもそれぞれの家屋がみな木製で、太い柱が目立つ事に気付く。

「本当ですわ…。でも、石造りの方が、丈夫なのではなくて? こう、お城のような…」

 指先でお城の形をなぞりながら、そんな疑問も浮かんだらしい。

「たしかに、石は重くて頑丈だけどさ。海水に侵触されちまうと 交換するのに手間が掛かるだろ? その点で言えば、ゴワスは森が近くて、しかもこの辺りの森の樹々は海水に強いから、竜巻にも しなって耐えられる木造の家が建ち並んでる…って話だ」

「そうなのですか…♪」

 幼馴染みの知識に感心しながら、クリスは人々の知恵に感動しつつ、木造の家々を見上げて眺め歩く。

 そんな三人を、町行く人々の、特に男性たちがみな驚き、笑顔になって、ニヤニヤしながら行き過ぎていた。

「…?」

 男性たちの嬉しそうな視線は、隣を少し前で歩く少年冒険者や後ろで追ってくる拘束犯罪者ではなく、クリスの全身や、媚顔や胸部や下腹部やお尻へと、遠慮無しに向けられている。

(…なんでしょう?)

 と考えて、フと思い当たったのは。

(! 自衛団の方々も、私の様子を…とても賞賛をして下さいましたわ…♪)

 つまり、クリスのビキニ鎧姿がそれ程までに、眉目麗しいのだろう。

「うふふ…♪」

 そう解ると心も高揚をして、よく躾けられた美しい歩き方が、更に魅惑的で衆目を集めてしまうような、人々へあえて媚体を魅せる歩き方になってしまったり。

「~♪」

 美顔を上げて胸を張り、ウエストを軽く捻りながら、大きなヒップを左右へフリフリしつつ、しかし媚びたような感じは微塵もないという、上品極まれりな美歩行のクリスだ。

 一歩と差し出す度に巨乳が弾み、細いウエストが柔らかくくねられて、丸い艶々ヒップがフルんと揺れる。

 軽やかに風で靡くキツネ色のポニテや、ニュっと伸びる腿も柔らかい皮下脂肪が艶を魅せて、少女の媚肌の柔らかさとスベスベ具合をも、男性たち全てに想像させていた。

「うふふ…♪」

 名も無き冒険者として、そして女性として魅力的だと男性たちに認められる喜びは、姫として貴族たちや富豪たちから賞賛をされていた頃とは、全く違う満足感でもあった。

 愛らしい少女騎士の噂は町中へ広まったらしく、クリスを見るためにわざわざ別の通りからやって来て、街角から顔を覗かせる男性たちも、増えてきた。

(まぁ、皆様ったら…それ程までに、私の鎧姿を…♪)

 思わずクルっと一回転をして見せて感嘆を集めたりして、ギルドへ到着するまでの道々、クリスは取り囲む男性たちへ、その肢体を公開し続けた。

 そして大通りのギルドへ到着をして、受付けの女性の対応によって、クリスは羞恥と驚愕をさせられる。

「あ、ぁの…そのお姿で、ギルドへ立ち寄られるのは…」

「? 私か、どうかいたしまし………っきゃああああああああっ!」

「ん? ――っぅおおおおおおおおおおおっ!」

 クリスはあらためて身体を見て、ビキニ鎧のトップとボトムが失われた裸身姿である事に、少女だけでなくコルトも初めて気が付いた。

「っぃやあああんんっ! なっ、なぜですのっ!?」

 慌ててハーフ・マントで身体を隠したものの、クリスはこの町の殆どの男性たちに、入り口からギルドのある大通りまで、無防備な裸身を前後なく晒し続けて来たのである。

「くっくっく…町中でのお前の裸闊歩ぉっ、シッカリと見届けてやったぜええええっ! ぐわっはっはっはっはっはあぁっ!」

 もはや失うものの無い拘束エルフが、イタチの最後っ屁の如く、勝利とヤケクソで笑う。

 魔札は、人の意志を認識して魔法を発動させるから、盗賊エルフはコルトがゴワスの町を想像する際に自分の足を触れさせて、想像したクリスの裸を流し込んでいたのだった。

                    ~第五話 終わり~    

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