第一話 社畜は会社をやめる
日本語には『馬車馬のように働く』という言葉がある。脇目を振らずに働くことの例えだが、会社にいるときの俺は正にこのような状態だったと思う。
上司という操縦士にパワハラというムチで無理やり働かされるなんて言葉通りだ。
現に終電の時間が過ぎても与えられたタスクが終わらずにいた。
室内の照明は落とされて真っ暗な中に、モニタの光が反射してデスクがぼうっと浮かび上がっていた。
乱雑に広げられた資料とモニタを視線が行き来しながら目頭を押さえる。
日頃から飛び交う
俺の精神はとうに参っていた。
「仕事、やめようかな」
そう真っ暗で一人ぼっちのオフィスでポツリとつぶやいた。
前々から家族や友人からは会社を辞めろと散々説得されてきた。だがその家族や友人と話す機会でさえ無いほどに、日常的なタスクの量は増大していった。
もう限界だった。
◇◆◇
与えられたタスクが終わった頃、時間は午前一時を回っていた。
デスクに広げられた書類とノートPCをデスクの引き出しにしまい施錠する。スーツのジャケットを羽織り、カバンを持ち上げるとオフィスから出て施錠すると近くのネットカフェに向かう。
道中にコンビニがあったため、食料品等を調達するために入る。
ちらっと目に入った
何も考えずにそれらを手に取り、食料品とともに購入する。
行き慣れたネットカフェに入ると、個室で袋を広げる。
軽食を頬張りながら便箋を開封し、筆を執った。
便箋の右端にこう綴る。
『退職届』
何枚か書き改めたあと、納得の行く書類ができたため少しの調べごとをした後借りた毛布に包まり、眠りに落ちた。
◇◆◇
あらかじめセットしていたアラームの時間になったのか、ブー、ブーとスマートフォンが振動していた。
周りの利用客も起きたのか、かすかにゴトゴトと準備をする音が聞こえる。
俺も出社の時間まであまり時間が無いため、準備を始める。
あまり会社に行くのは気が乗らないが、こう準備をしているあたり社畜が染み付いているんだなと思う。
昨晩
重い足を引きずりながら会社へ向かう。
自分のデスクに着くと白封筒を伏せて置き、引き出しからノートPCを取り出した。
電源を入れ、勤怠システムを立ち上げると出勤の打刻をする。
同システムには有給の残日数も表示されており、三五日と書かれていた。
有給を取得する間もなく働いていたため、会社から時季指定された有給以外は取得していなかったからこんなものか。
退職をするまでの間に消化することにしよう。
しばらくすると、
「長谷川くん、こっちに来なさい」
俺は返事をして白封筒を懐にしまいながら彼の元へ向かう。
「なんでしょうか、中山部長」
蝦蟇の元に行くと、嫌な匂いを漂わせながら彼はニヤリと笑う。
「機能の仕事は終わったかね?」
「終わったので、共有ストレージにアップロードしてあります」
俺の言葉にほうっと呟くと当然だと言いたそうな表情をする。
「そうか、なら今日もたくさん仕事があるから覚悟しろよ」
というと平積みになったファイルを広い渡そうとしてくる。
それを一旦抑止すると思い切って口を開く。
「あのっ!、お渡ししなければならないものがあります」
その一言に彼は不快そうな表情を見せる。
「なんだ。有給申請なら受け取らないぞ」
そう言われても今の俺には関係のない話だった。
懐から白封筒を取り出すと、表面を蝦蟇に向けて差し出した。
そこには大きく書かれた文字。
『退職届』
この文字を見た瞬間に蝦蟇の顔はひきつったかのようにぐしゃぐしゃになった。
「なんだと!? この恩知らずが!これだけ仕事を渡して成長させてやろうとしてるのに辞めるだと!?」
額に溜まった脂汗とつばを飛ばす蝦蟇に反撃する。
「はい、もう限界なのでやめさせていただきます。引き継ぎは今日中に行い残りの期間は有給消化に当てさせていただきます」
それを聞いた彼は更に激怒してまくしたてる。
「ふざけるな!やめさせるわけないし有給も認めないぞ!」
そう言いつつ彼は退職届を破こうとする。
「破いても後日内容証明郵便で送付しますから。その後法的には一四日で辞めることができます」
破くのを阻止しつつもネットカフェで調べた現実を押し付ける。
「それと明日から退職日までの間、たまりに溜まった有給を消化させていただきます」
その一言を聞いた瞬間蝦蟇が爆発した。
「ふざけてるのか!有給なんて認めるわけ無いだろう。お前が明日以降会社に来なければ給料は出ないし、損害が出たら請求するからな!」
毒液でも混じってそうな脂汗とつばを更に飛ばしながらまくしたてる。本当にブフォトキシンが分泌されてそうだ。
「好きにしてください。そうなったら出るとこに出るだけなので」
そう言うと渡してこようとしてきたファイルを奪い取って自席に戻った。
蝦蟇に与えられた仕事しかやっていなかったため引き継ぎするものなんてほとんどなく、ただこのファイルの山をできる範囲でやって後任に押し付けるだけだ。
なぜか隣で怒鳴りつけてくる蝦蟇、もとい中山部長を無視しながら俺は仕事をこなした。
そして社畜こと俺は、会社を辞めることに成功した。
紆余曲折あったことはあえてここで綴ることもあるまい。
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