3.
それともう一つ、自分のせいで引越しをせざるを得なくなったことだ。
前にいた部屋で、婚姻関係であった相手に傷害未遂であっても、姫宮に危害を加えた所で、そのような嫌な所にいつまでもいては気分はよくないだろうと、その旨を言うことはなく、表向きは心機一転というていで今の部屋にやってきた。
皆が気を遣って、そのことを触れずにいたのにわざわざ「自分のせい」だと言って謝った。
あそこで大人しくしていれば少なくとも被害に遭うことがなかったかもしれないが、母胎を感じられなくなり、"ひとり"と思った瞬間、何もかもどうでもよくなり、この身を犠牲にしようとした。
自分がそのような軽率な行動をしなければ、そもそも自分が代理母なんてしなければ皆に迷惑をかけることはなかった。
何もかも自分のせい──。
頭を下げている姫宮の前にいた安野が、不意に手を取った。
その時、自分が無意識に力を入れていたことを気づかされる。
『姫宮様が悪いわけありません。むしろ、何一つ悪くないのですよ。元々、あそこは姫宮様が代理母として借りていたお部屋なのです。ですから、この新しい場所は、あなた様のかけがえのない人達の思い出を作ってください』
優しく微笑む安野の暖かい手に包まれて、緊張と自責で痛いぐらいに握りしめていた手がふと緩む。
『差し支えなければ、その大切な思い出作りのための場所に、よろしければ私達も一緒にお手伝いさせて頂いてもよろしいでしょうか』
姫宮の様子を窺うように、しかし笑みを絶やさずそう聞いてくる。
そのようなことを言われてしまったら断れない。そして何よりもいつの間にか両手で握ってくる手にやや力が加わっているのだ。
まるで、この手を離したくないと言わんばかりに。
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