挫折した私を救ってくれたのは慕ってくれていた後輩でした

諏訪彼方

プロローグ

 

「先輩っ!」


 私は叫んだ。喉が焼けるように痛んでもかまわなかった。止めなきゃ——どうしても。

絶対に止めなきゃ。

 


「……来てくれたんだね、逢花」


 フェンスの向こう側、足場のない場所に立っていた先輩が、ゆっくりと振り返る。手紙に書かれていた言葉。あの一文が、私をここに導き連れてきた。


 


「お願いです……先輩……やめてください……!戻ってきてください!」


「近寄らないで。あと一歩でも動いたら——ここから飛ぶからね。冗談とか、そういうのじゃないよ。頭がいい逢花なら分かるでしょ?」

「……っ」

「ねぇ、逢花。どうして私が、こんなことをしてるのか……分かる?」

「それは……」


 喉が震える。言葉が、出てこない。


「逢花の曲、全部大好きだったよ」

「え……?」

「聴いてると、心がじんわり温かくなって……。私、何度も救われたの。ほんとにすごいと思った。……でもね、こうも思っちゃったんだ」


 先輩は間をおいて言い放った。


「“ああ、私は一生この子に敵わないんだな”って」

「なにを……言ってるんですか……」

「逢花はね、私の何年分もの努力を、たった数日で飛び越えていったんだよ。悔しかった。情けなかった。惨めだった。……でも、いちばん辛かったのは、“本当にそうだ”って思えてしまったこと」

「先輩は……ずっと、私に教えてくれてたじゃないですか。曲のこと、演劇のこと、色んなこと……。わたしは、それがあったから……!」

「だから、余計に辛かったんだよ。 “私が育てた子に、自分の居場所を奪われた”って勝手に思っちゃったんだ。最低だよね、私」

「……私のせい、なんですか……?」

「ちがうよ。違う。逢花が悪いんじゃない。

 ——ただ、逢花の“才能”が罪なんだよ」

「っ……!」


「だから、逢花、作り続けて。あなたには、それができる。誰かを救う曲を。誰かの人生を変える曲を。そういう曲を、ずっと、作り続けて。たとえあなたがやめたいと思っても——私は、許さないよ」


 私に呪いの言葉を吐いた後

「じゃあね」と言って微笑みを浮かべた。


 そして——彼女は、空に向かって、歩みを踏み出した。


 


 次の瞬間、視界から彼女の姿が消え、少し経って耳をつんざくような衝突音が響いた。


 ——あの日から、私は変わった。


 取り憑かれたように曲を作り、SNSに投稿する日々。

 演劇部は辞めた。

 極力、人と関わらないようにして、学校にいる時間以外は、ずっと音楽に向き合っている。


 そうしなければ、生きていけなかった。

 あの呪いの言葉に突き動かされるように、私は曲を作り続けた。



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