異界の三等陸曹 〜とある陸上自衛官の異世界解放録〜

エンタープライズ窪(煮干しマン)

第1章

1章-0 END

救済に非ず

 木佐岡利也キサオカトシヤは自衛官である。

 入隊理由は、親友が入隊していたからというクソみたいな理由であるが、入ったもんは入ったのだ。


 大学卒業後に、以前から俺をしつこく勧誘していた広報官の米沢さんを頼って陸上自衛隊に入隊し、長髪だった頭を丸めた。

 身体183センチという恵まれた体格をさらに死ぬ気で鍛え上げ、筋力体重共に爆増させた。


 今や立派な三等陸曹である。


 親友の方は高卒で陸士として入ったのだが、2任期目で無事に昇進試験に受かっていたようで、現在の階級は同じく三等陸曹。


 2人仲良く同じ駐屯地、そして同じ隊へ配属された俺達は、仲良く地獄を耐えているのだ。




 1日の終わりが近づき、営内に戻る時間が迫る。


 戻る前に駐屯地内の売店に寄って適当なものを買おうと思い、俺は廊下を歩いていた。


 周りに誰もいないと見るや、俺は考え事を始める。


 俺は入隊した頃からずっと考えていたことがあった。

 自衛官として、国を守る。

 そのために一体俺に何ができる。

 国民やら官僚のためではなく、親友のためだけに入隊したこの俺がだ。


「おう。どうした暗い顔しやがって?」


 同時期に入隊した近藤が、俺の坊主頭をポンと叩いた。

 考え事を邪魔された俺は、近藤にしかめ面を向けて応えた。


「らしくないぞ? 俺の顔を見てみろ! 至って普通だ」


「俺も普通だ。そんなに俺の顔は暗かったか?」


「ああ。そうだろ?」


「おう」


 途端に、近藤が引き連れてきた清水が反応する。

 彼の背後には、俺がこの世界に足を踏み入れるきっかけとなった親友、佐原美冬サハラミフユもいた。


「それが米兵に腕相撲で勝った男の顔か? なあ?」


「うん。キノコでも生えそうだった」


「うるせー」


 否定すると、笑いの渦が起こった。


 しかし、周りの奴らに比べて力不足だったのは紛れもない事実であり、入隊試験もギリギリだった。

 ここまで腕を上げられたのは近藤や清水ら同期達と家族のお陰であることも紛れもない事実。

 結局自立とは言っても、他人の助けなしでは生きられないことを思い知らされた。


 佐原が、アイドルのような笑みを浮かべながら俺の胸を小突く。


「こら〜。そんな顔してたら、恋のキューピッドの弾丸は胸をぶち抜いてくれないゾ?」


「銃器持ってるキューピッドとか物騒すぎるだろ」


「ところで知ってる? 今の『恋のキューピッドの弾丸は胸をぶち抜いてくれないゾ?』って表現、どこから引用したか」


「…………まさか」


「高校の頃に書いたでしょ? ポエム」


「……」


 黙って拳を振り上げる。


 佐原はけらけら笑いながら逃げていった。


 佐原と俺は小学校からの幼馴染で、いわゆる竹馬の友でというやつである。


 学校では男子のアイドルになる程の美貌を持つ佐原が、何故この木佐岡利也のような顔面平凡男とつるんでいるのか、不思議に思う奴も多かったはずだ。

 特に小学校での俺は泣き虫で有名だったため、尚更である。


 それはそうと、大宮駐屯地で再会した俺と佐原の間柄が、話題に飢えた自衛官達の話のタネになるのは不可避だった。


 曹だけでなく、佐官クラスの上官やあろうことか陸士からも毎日のように「カップル」と揶揄われ、特に近藤なんか俺達の観察日記をつけているらしい。

 キッショ。


 しばらく同期達とのおしゃべりは続いた。

 なんにせよ、この時間が1番なのは誰にも否定できない。





 そんな時間を、あんな形で奪われるとは思いもしなかった。





 ★★★★★★





 夏のある日のこと。

 何の変哲もない日々は、突如として崩れ去った。


 あまりにも突然だった。

 渋谷の歩行者天国を狙った自爆テロに始まり、関東地方の各地で無差別攻撃が発生。

 人が理不尽に殺され、女子供は犯され、男は容赦なく消される。

 関東圏は数週間でほとんど内戦に近い状態と化した。


 町は焼け、どこもかしこも血と火薬の匂いで充満し、まさしく現代の地獄である。

 死傷者は合わせて850人確認され、その大半を民間人が占めていた。


 テロリストは国会をも襲い、地原総理と杉元幹事長を射殺した。

 他にも山田文部大臣、野党党首の海本治郎議員を始めとした国会議員達が重傷を負った他、警備員も多数犠牲になった。


 そして、敵の魔の手は俺達の勤務する駐屯地にまで及んだ。




「撃て!」


 岡田一尉の命令により、自衛官達はテロリストを射撃する。

 ショットガンを持ったテロリストは、瞬く間に蜂の巣にされた。


 駐屯地内での掃討作戦は、ここが日本かどうかを疑うほどの激しさであった。


 軍事基地の襲撃。

 平和主義を掲げ、交戦権を否認し続けてきた日本で起こる光景には思えなかった。


「撃たれるなよ!」


 俺は隣を駆ける女自衛官に向かって言った。

 佐原である。

 艶やかな茶髪と、アイドルのような可愛らしい顔立ち。

 相変わらずアニメの世界から出てきたようだ。


「どーってことないよ、こんなの! そっちこそ死んだら許さないんだからね! まだ今期のアニメ、一緒に見れてないんだから!」


 全く、このオタクはこんな時にもアニメの話を……。

 俺は苦笑した。


 しかし、叶ってほしいと思う。

 早くこれが終わって、こいつとアニメを見る。

 こいつの推しの配信を見て、スーパーチャットを投げる。

 クリスマスは駐屯地に残留して、街に繰り出したリア充の同僚共に中指を立てながらゲームする。

 何を言われようが変わらない目標だし、変えたくなかった。


 俺の目は、建物屋上にてライフルを持ったテロリストを捉えた。

 即座に狙いをつけ、発砲する。

 テロリストは胸を撃たれて倒れ、それに気づいた他のテロリストが、こちらにライフルの弾を撃ち返してくる。


 すぐに佐原が敵を射撃し、命を奪った。

 自衛権という錦の御旗の元に、自衛官は人を撃つのである。




 建物の中に隠れるテロリストを攻撃すべく、隊員が扉を蹴破った。

 すぐさま他の隊員達が突入し、テロリスト達を射殺する。


「俺達の日本をこんなにしやがって」


 テロリストの死体を見下ろしながら、1人の自衛官が呟く。


「今までの訓練に意味を持たせるんじゃねえよ……」


 自衛官としてどうかと思うが、これまで行ってきた訓練が無駄なものであるのが1番理想的だと彼は思っていることを、俺は知っている。

 できることなら、老人達が言うところの税金泥棒でありたいとよく漏らしていた。


 言ってしまえば、災害に遭った人々や紛争地域の人々を助けていればそれでよかったのだ。


 誰が楽しんで人殺しなどするか。

 彼は以前もそう漏らしていた。


 争いがない世界。

 恒久の平和。

 それの実現のため、何を為すか。


 散々悩んでいたが、ようやく答えが出た。


 俺達自衛官は、それの実現のために銃を構えるべきだ。

 平穏のために侵略者を殺す。

 それの何が悪い。


「次だ! さっさと排除するぞ!」


 リロードを終えた自衛官達が建物を出て走っていく。

 俺と佐原もリロードし、続いた。

 だが、佐原が突然足を止める。


「どうした?」


「子供があそこに! 行ってくる!」


 佐原が駆け出した先には、たしかに小さな女の子がいた。

 横には大型トラックが停められていた。


「おい! 戻れ! 独断行動は許さんぞ!」


 岡田の怒鳴り声。

 しかし、彼も子供に気づいたのか、一瞬黙った。


「……子供? ここは駐屯地の中だぞ……?」


 俺はなんとなく嫌な予感がした。

 子供に駆け寄った佐原に向かって叫ぶ。


「佐原!」


 その瞬間、トラックが爆発した。

 炎の中に、佐原と少女が消える。


 俺は目の前でその光景を見てしまった。

 はっきりと、親友が炎に飲まれる瞬間を目にした。


 何も聞こえない。

 岡田や仲間達が何か叫んでいるが、なにを言っているのかもわからない。

 足が、動かない。


 ふと上を見上げると、炎に包まれたマスコミのヘリコプターが俺に向かって落ちてきていた。




 ★★★★★★




 【とある大臣と自衛官が交わした会話】


「……死者17名か。殲滅に成功したとはいえ酷い事態だ」


「マスコミのヘリの侵入を許したのは我々の責任です」


「君達はよくやってくれた。基地内の発砲という前代未聞の事態によく対処してくれた。それよりも、"アレ"はどうなった?」


「敵武装勢力による地下施設への侵入は、警備隊と"A"が防ぎました。ですが……」


「…………そうか。"アレ"が守られたなら、まあよかろう」


「……大臣、話は変わりますが、総理は治安出動をなさるおつもりですか?」


「私も進言しておるのだがね、なかなか決断してくださらない。左派の批判がどうのこうの言っている場合ではないというのに……」


「……我々は独断では動きません。総理のご決断を待ちます」


「うむ。そうしてくれ」

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