№32 『立てよ国民!』

№32 『立てよ国民』

 まだゾンビたちは手元に残っているものの、攻撃ができないならいても仕方がない。前線はもう俺たちの目の前まで迫っていた。


 すぐそこでまた、ゾンビたちが銃火器に囲まれて粉々にされている。飛び散る腐汁が降り掛かってくるくらいの距離だ。一体、また一体とゾンビたちが削られていく。


 俺は残っているゾンビたちを後ろにさげた。もはや前2出していても仕方がない。


 とうとう俺たちに到達した『人間の盾』たちは、殺気立って武器を構えていた。追い詰められたのだ。チェックメイトはすぐそこだ。


「お前たちを殺せば金がもらえる!」


「俺たちの踏み台になれ!」


「悪いが、死んでくれ!」


 集団心理で殺気はどんどん膨れ上がっていく。ちょっとでも刺激するばすぐに爆発するだろう。


 背後でゾンビたちがうなっているが、絶対に攻撃はできない。またも丸裸の状態にされてしまった俺たちは、弱者たちの群に囲まれて風前の灯だ。


 ……ここで終わるのか?


 最低最悪な作戦に負けて、俺たちは殺されてしまうのか?


 そんなの、むごすぎるバッドエンドじゃないか。


「この、バケモノ!!」


 弱者男性がひとり、斧を振り上げて鉈村さんに襲いかかった。俺ではなく女の子を狙う辺り、性根では臆病なのだろう。


 鉈村さんの瞳が、振り下ろされる直前の斧のやいばを見上げる。目を見開き、歯噛みして死を待っている。


 気がつけば、俺は男と鉈村さんの間に割って入っていた。しかし斧はすでに振り下ろされており、とっさに出した右手に直撃する。


 斧のやいばで、俺の右手はぐちゃぐちゃに砕けてしまった。血が吹き上がり、肉と骨が見える。いまだかつて感じたことのない、とてつもない激痛が走り、衝撃で意識が飛びそうになった。


 泣きわめいてうずくまりたい。


 が、今はそのときではない。


 俺は激痛をこらえて残っている左手で鉈村さんの手から拡声器をもぎ取ると、奇行に怯んでいる弱者たちに向かって思い切り吠えた。


『俺たちはバケモノなんかじゃない!! あんたたちと同じ人間だ!! 弱く無力で、どうしようもなく死んでる『ゾンビ人間』だ!! なにも違わない!!』


 その迫力に押されて、『人間の盾』たちはさらに狼狽する。俺はなおも続けた。


『悔しくないのか!? はした金で死ぬかもしれない戦場に立たされて、ゾンビたちと同じ扱いで戦わされて、使い捨てられて、悔しくないのか!? ただ生まれに恵まれただけのヤツらにゴミカス同然の扱いを受けて、あんたらの尊厳はどこへ行った!?』


 こいつは何を言っているんだ?


 頭がおかしくなったのか?


 弱者たちは戸惑いながらも、こころの片隅では俺の声に耳を傾けていた。


 それで充分だ、充分すぎる。


 さらに俺は怒鳴った。


『俺は悔しい!! 冗談じゃない!! 尊厳を踏みにじられて、くたばるまで搾取されて、絞りカスなんてゴミ同然に捨てられる!! あいつらのなにがそんなに偉いんだ!? 俺たちをいいようにもてあそんで、神様気取りか!? ふざけんな!! 神様にだって俺のいのちを侮辱させるものか!!』


 ふと、『人間の盾』たちの銃口が下がる。俺のルサンチマンの炎は燃え広がり、弱者たちに伝わっていった。


『そんな無法が許されると思ってるなら!! 俺は!! 抗ってやる!! 叛逆してやる!! どうしようもなく死んでてもいい、その代わり、どうしようもなく生きてやる!!』


 自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。が、勢いを止めることは俺自身にもできなかった。


『あんたたちもだ!! いつまで死んでるつもりだ!? いい加減よみがえったらどうだ!? 死体になにかを叫ぶ権利なんてない!! 叫びたいと思ったら!! よみがえれよ!!』


 痛みで沸騰する頭で、思ったことをそのまま吐き散らかす。それは悲鳴であり、怨嗟であり、慟哭であり……鬨の声だった。


 ただのルサンチマンではない。


 俺は今、『ゾンビ人間』たちの最前線に立って、立ち向かおうとしているのだ。


 現実や運命や、なにかとてつもないちからに叛逆しようとしている。


 ……いいだろう。


 抗ってやる。


 なにものも俺たちを押さえつけておくことはできない。鬱屈した感情が爆発する。それはビッグバンのように宇宙ごとこの世の摂理を爆破しようとした。


 ここが世界の中心だ。誰にも否定させない。


 俺の人生の主人公は他の誰でもない……俺だ!


『叫べ!! 吠えろ!! あんたたちにはその権利がある!! よみがえるってんなら、俺についてこい!! まだ終わりじゃないんだ!! あきらめなくていいんだ!! 抗えよ!! 死んでる場合じゃないぞ!! 今このときを必死こいて生きろよ!! そのために生まれてきたんだろ!!』


 ステージの上のパンクロッカーは、きっとこんな気分なのだろう。熱狂でなにもかもがわからなくなり、本能と感覚だけのケダモノになる。


 俺は拡声器片手に、ずたぼろになった右手を天高く掲げて絶叫した。


『俺になら、あんたたちがよみがえってもいいかなって思える国が作れる!! 『ゾンビの、ゾンビによる、ゾンビのための国家』の樹立を、今ここに宣言する!!』


 おののくようなどよめきが広がった。『ゾンビ人間』たちは顔を見合せて、俺のたましいの叫びに目をまばたかせている。


 最後のひと押しとばかりに、俺は喉をからして叫んだ。


『今こそ叛逆のときだ!! 『ゾンビ人間』が国を獲るときが来た!! いっしょに来い!! 立てよ国民!! 一億総員火の玉だぁぁぁぁぁぁ!!』


 ひぃん、ひぃん、と拡声器がハウリングする。残響が戦場に鳴り渡り、その後に静寂がやってきた。


 しんと静まり返る中、誰も言葉を発しようとしない。ただ呆気にとられて俺を見ているばかりだ。鉈村さんでさえ、まなこを見開いて俺を見つめている。


 頼む、届いてくれ。


 弱者たちのこころに、この言葉よ、届け。


 …………ダメだったか…………?


 そろそろ死ぬ覚悟を決めようとしていたそのとき、ひとりの半分痴呆の入ったホームレスらしき老人が、ひどく呑気な声を上げた。


「おー」


 思わず、ぽかん、としてしまう。たぶん、老人には意味がわかっていないだろう。しかし、ただ俺の熱量に押されて、本能的に声を上げたのだ。


 老人の声が呼び水となり、次第にあちこちから叫び声が上がってきた。集団心理とはこういうものだ。『ゾンビ人間』たちの声は大地を揺るがすほど大きくなっていく。


『おおおおおおおおおお!!』


 俺の言葉は弱者たちに無事届いた。俺の叫びに感化された『人間の盾』たちは、 今や『ゾンビ国家』の『ゾンビ国民』たちだ。


 次々と『ゾンビ人間』たちがよみがえっていく。決して折れない不死者の軍団。抗い続ける叛逆者たち。


 このひとたちは俺の国の国民だ。守らなければならない。そして、共に戦わなければならない。


 みんなで立ち向かうのだ。運命に反旗をひるがえし、押さえつけてくる強者のちからに抵抗するのだ。もう『死に損ない』なんて言わせない。みんなでいっしょに生きてやる。


『ゾンビ国民』たちの雄叫びが戦場にとどろいた。気がつけば、俺も壊れた手を振って叫んでいた。少し泣いていたかもしれない。


 鉈村さんも、右腕を振り上げて叫んでいた。その表情は叛逆者としての輝きを宿している。


 感情が沸き立った。愛とか勇気とか歓喜とか達成感とか闘志とか感動とか、そういったものをすべてひとまとめにした怒涛のようなものが胸を塞ぐ。


 喘鳴のような叫びを上げて、俺は感情を外に向かって放出した。そうでもしないとからだが膨れ上がって破裂しそうだった。


 あちこちでルサンチマンが生きる強さに変わっていく。『ゾンビ国民』たちは、よみがえることを選んだのだ。だったら、俺には煽動し先導する義務がある。


『諸君!! よくぞよみがえってくれた!! 俺たちは同じ国の国民だ!! 弱者の国の『ゾンビ人間』だ!! 死ぬな生きろ抗え立ち向かえ!! よみがえったんだ、ぞんぶんにやろう!!』


『おおおおおおおおおお!!』


『目下俺たちを潰そうとしている勢力が迫っている!! 戦うなら今だ!! ものども、俺に続けえええええ!!』


 ぼたぼたと右手から血をこぼしながら、俺は敵本営に向かって駆け出してきた。隣には鉈村さん、その後ろに『ゾンビ国民』たちが続く。


 残っていたゾンビたちと合わせて、一個中隊となった俺たちは、一路敵の総大将の首を目指して駆け抜けた。


 防戦はこれまで。


 今度はこっちの番だ!


 首を洗って待っていろ、由比ヶ浜!!

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