誰がゾンビの死体片付けてやってると思ってんだ!?~5K仕事のブラック社畜掃除人はスキル・ネクロマンシーでゾンビスレイヤーどもに復讐する~

エノウエハルカ

№1 流される人生のススメ

『あんたさあ、なにが楽しくて生きてんの?』


 すべてはその一言から始まった。


 俺はいつも通り報告書を仕上げ、終電前の一服をしに喫煙所に向かった。扉を開けると煙のにおいがして、先客がいることを知った。


 小柄な黒髪ショートの女の子だ。タバコを吸いながらヘッドフォンで音楽を聴いている。こんな子、うちの会社にいたっけ……? と思いながら、自分もタバコに火をつけた。


 しばらく喫煙所の他人同士特有の沈黙が流れて……ふいに出てきたのが、その言葉だった。


『……は、はい?』


 聞こえていたのに、とっさに聞こえないフリをした。女の子は相変わらずヘッドフォンを着けたままで、どうやら俺の答えなんて聞く価値もないどうでもいいことらしい。


 ……なにが楽しいか、って?


 ……楽しいわけないだろ、こんなの。


 それでも、形式だけでも取り繕おうと、俺は必死に言葉を探した。顔に浮かぶのはお得意のジャパニーズスマイルだ。


『……ああ、えーっと……』


 どうも上手い言葉が見つからない。そうこうしている内に女の子は短くなったタバコをもみ消し、壁から背を離す。


『……へらへらしてんじゃねーよ、つまんな』


 ぼそっとそう吐き捨てて、女の子は喫煙所を後にした。


 ああそうさ。


 つまらない。


 くだらない。


 何の価値もない。


 俺はそういう人間だ。


『……楽しいわけないだろ』


 なのに、煙といっしょに吐き出した言葉は、いっちょまえに苦々しい感情で歪んでいて、やがて煙といっしょに雲散霧消していくのだった。


 


 じりりりりりりりりり。


 高校生のころから使っている目覚まし時計にたたき起こされて、俺の一日は始まる。時刻は午前四時。いつも通りの時間だ。


 適当に支度をして、メシも食わずにアパートを出る。最寄りの駅の始発は、こんな時間なのにひとでぎゅうぎゅう詰めだ。そこに強引に押し込められて揺られること一時間。さらにそこからバスを乗り継いで三十分。


 そこに会社がある。


 昔は繁華街だったんだろうなあ、といった風情のうらさびれた路地の片隅にあるペンシルビルが、俺が所属する会社、『株式会社マルトミクリーン』の唯一無二の本社ビルだ。


 クリーン、と名のつく通りの、ただの清掃会社。


 しかし、なんとなく入ったFラン大学を出て、なんとなくで切った新卒カードで入社してから、そうと気が付くのに時間はかからなかった。


 ……ここはいわゆる、ブラック企業だ。


 それも、超絶真っ黒。


 当然のように給料は安いし、労働環境は最低最悪、朝から晩まで拘束時間ばかりが長く、福利厚生その他もぼろぼろ。倒産していった名だたるブラック企業たちがはだしで逃げ出すような職場だった。


 ……まあ、人間関係だけはいいのが救いだったけど。


 それはさておき、特に問題なのは労働環境だ。


 きつい、汚い、臭い、危険、厳しい。


 今どきなかなか聞かないような劣悪度満点の5K環境で働いている。もしも神様がこの会社をお作りになったのなら、それはもう悪意の肥溜めから拾い上げてきた汚物をこねくり回したような有り様だった。


 よく『なんで転職しないの?』と聞かれる。


 たしかに、先日三十路を迎えた今、Fランとはいえ大卒だ、転職先にはあまり困らないだろう。


 それでも、俺は会社に残った。


 なぜかというと、もうこのルーチンワークに慣れてしまったからだ。


 一旦決まった流れから外れることを、俺はあまり好まない。流れが決まったらそれに身を任せる、そうやって今まで生きてきた。


 すべてを流れに委ねて、流れ流れてたどり着いたのがこの『マルトミクリーン』だ。人生なにが起こるかわからない、と言ったものだが、流されるままに生きてきた人間がたどり着く先なんて、とうの昔に知れていた。


 最果ての最果て、この世の掃きだめ。


 水が低い方へと流れていくように、ここへたどり着いたのは必然だったのだ。選択することをやめてしまったら、あとはもう堕ちるだけ。


 俺はたぶん、壊れるまで、あるいはクビになるまで、あるいはこの会社が倒産するまでここに居座り続けるだろう。動くことをやめた水は淀み、やがては暗渠になる。俺の人生も、きっとそれ相応のものになる。


 しかし、今さら流れからはみだそうなんて考えたりはしない。


 生まれ落ちた瞬間から、こうなることは最初から決まっていたのだ。


 俗にいう『運命』というやつで。


 運命に逆らおうだなんて大それたこと、考えたくもない。壊れたときはまた別の流れに身をゆだねるだろうし、そうして徐々に、下へ下へと堕ちていく。おそらく、人生というのはそんなものだ。


 中には、『運命なんてぶっ壊してやる!』なんて生き急いでいるひとたちもいるかもしれない。しかし、俺はそれを横目に見て思うのだ。


 『悪あがきだな』、と。


 俺は悟りを開いたのだ。運命なんて、どうやったところで変えられない。何もかもが最初から決まっていて、俺たちはその流れの中でみっともなくじゃぶじゃぶ泳いでいる魚に過ぎないのだと。


 水から出た魚は、死ぬしかない。


 だから、水から出ないで泳ぎ続ける。それが決まりだから。


 そんな当たり前のこと、どうしてみんなわからないのだろう?


 別にバカにするわけじゃないが、みんな生き方がヘタクソすぎる。


 俺みたいにすべてを流れに任せてしまったらとてもラクなのに、そのことに気付かないひとが多すぎる。


 みんなもっと、ラクして生きればいいのに。


 ……なんて考えていると、目の前にそびえるペンシルビルが伏魔殿のような妖気を放っているように見えた。朝の霞目のせいか、それとも上る朝日が見せた幻覚か。


 ともかく、堕ちまくった俺が働いている最低劣悪な会社がここだ。


「……今日も一日、やりますか」


 自分に言い聞かせるようにつぶやいて、ビルの玄関をくぐる。


 今日も今日とて、鈍痛を伴うようなつらい一日が始まる。


 それでも、俺は昨日と同じ今日を選ぶのだった。

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