祈りの光を君が描く世界で

理唯

episode1 キミとボクと

 彼女と出会ったのは春の終わりの頃、大学の忘れられたような教室でだった。人気ひとけのない場所を探して何気なく入ったその教室に彼女はいた。教室の中には白く光が差し込んでいて、その様子はどこか病室を連想させた。

 教室の中は懐かしさを感じる油のにおいが充満していて、真木 依織まき いおりは時間が巻き戻ったかのような不思議な感覚に陥る。普段自分が使っている教室とはまるで別世界のようだ、と思った。その油臭い別世界のなかで、彼女は静かに絵を描いていた。依織のたてる物音に全く気づく様子もなく、ただ静かに絵を描き続けている。

 依織の存在に全く気づかないのは、単に集中しているからかもしれない。しかし、依織にはその姿がある人の姿と重なってしまった。

――そうか、あの子の世界に音はないのか。

 不意に、しかし確信めいてそんなことを思った。


 春の終わりのやわらかな光の中、ゆっくりと振り返る彼女と視線が合った。

 これが、依織が新田 光にった ひかると出会った瞬間だった。

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