羊皮紙の誓い

@ssktomoharu

羊皮紙の誓い

 海の近くの、とある高校。昼休みの騒然とした教室の中で、窓際に座り、外を眺める。僕の日課だ。そこそこ頭の良い高校ではあるが、みんなまぁ普通の高校生。男子は下ネタ、女子は噂話でもちきりだ。おっと、自己紹介をしよう。僕は加藤海里、陰キャ中の陰キャ。友達などいるわけもなく、今日も海を眺める。

 なにを考えているかって?勿論妖怪だね。僕は、妖怪が大好きだ。絶対にいると信じている側の人間であり、日々その痕跡を探している。学校でもオカルト同好会を立ち上げたが…察してくれ。一番欲しいものは霊感なんだけど、一向につく気配がない。

 学校からの帰り道、道端にどことなく黒い雰囲気が漂う老婆がいた。よくいる徘徊老人だろう。そう思って立ち去ろうとしたが、

「お前さんに、渡すものがある。」

 1枚の羊皮紙を手渡された。

「え、これはなんですか?」

 答えた時には、もういなかった。え!これが妖怪!?と半分浮かれながら、帰路についた。紙にはなにも書いていなかったが、額縁に入れて保存した。

 今夜も、町内の見回りという名のオカルト探しをしたあとに、眠りにつく。放任主義の親をいいことに、僕は毎日をオカルト研究に費やしているのだ。だが、今夜だけは違った。眠りにつこうとすると、体が急に重くなり、黒く禍々しいものに包まれている。常人なら腰を抜かしただろうが、僕は仮にもオカルト部のトップである。それほどのことでは驚かない。そのまま寝ることにして、布団に入る。

 草木も眠る丑三つ時。もっとも怪奇現象が発生しやすい時間と古来から脈々と伝わってきた時間。その時間に、目が覚めた。

「奴らがくる…ついに明日やってくる。」

「起きて!戦いが始まります!」

 見ると、二匹の子鬼が僕の顔を覗き込んでいた。ついに、ついに待ちに待ったオカルトが僕のもとにやってきた!けど…

「た、戦うって、なにと?」

「西洋の妖怪とですよ!」

「ということは、日本と外国で妖怪が戦争してるの?」

「そうです!あなたも一緒に戦いましょう!」

 いや、え、妖怪?僕は人間だけど…

 そのことを話すと、呆れながら言われた。

「見た目は…妖怪。君は選ばれた。羊皮紙…持ってるでしょ?」

自分の体を見ると、なんと自分は一枚の布へと姿を変えていた。これが、かの有名な一反木綿かと思うと感慨深い。

 手を引く小鬼たちに、僕はとりあえずついて行ってみることにした。

 歩きながら、今の妖怪の世界(霊界というらしい)について色々教えてもらった。どうやら、妖怪の世界は人々に信じられることにより成り立っているらしく、日本の霊界は今にも滅びそうだという。そこに目をつけた西洋の妖怪たちが、乗っ取ろうと画策しているらしい。ほうほう。アツい展開ではないか。

「昔は八百万の神っていってたくさんの神様が護ってくれてたんですけど、今は信じてもらえなくて減っちゃってるんです。」

 どうやら妖怪たちは心の底から信じられると力が上がるらしく、僕みたいな変なやつが近くにいると人間界にも姿を見せることができるらしい。霊感あるやつってこういうことなんだな、いや待て、僕は信じてるぞ?と思っていたら子鬼が止まった。

 そこは、昼に老婆がいた場所だった。なにやら楕円形の禍々しい黒い靄に覆われているように見える。

「ここが…霊界の入口。」

 入れ、と言わんばかりの形相で睨まれた。そんなに睨まなくてもいいのに、と思うのだが、自分でもなぜこうなっているのかわからない。無視して好奇心の赴くまま飛び込んでみるが、体は空を切って地に落ちた。

「いったぁぁ…え、入れてないよ⁉」

「あ!羊皮紙を掲げて入ってください!忘れてました!」

そんなににっこりと言わないでよ…。ていうかあの羊皮紙それだったんだ。

 気を取り直して、いざ突入したが、周りの景色がなにも変わっていない。手に持っていた羊皮紙は煙となって消えた。

「霊界と人間界は…紙一重なんだ。」

 見渡すと、建物の明かりは消え、街灯の代わりに松明が、空にはカラスが飛び交い、目が慣れてくると妖怪の姿がチラホラ見える奇妙な世界が広がっていた。二つの世界は互いに影響し合っているらしい。

 次に連れて行かれた場所は、僕が普段通っている学校。そこにいたのは、僕が最も敬愛する妖怪、酒呑童子だ。…スーツのせいでそのへんの俳優に見えるのが少し残念ではあったけど。

「突然連れてきてすまない、我々も窮地に立たされていてね。日本一信心深い君がどうしても必要だったんだ。どうか力になってほしい。」

「え!は、は、はい‼」

僕はすっかり舞い上がってしまった。この彼から迸るオーラと湧き上がってくる幸福感は、何者にも代え難い。古くから、妖怪たちをこうしてまとめ上げてきたんだろう。

「ところで、僕は何をすればいいんですか?」

彼は、事の詳細を語ってくれた。ここは、彼の力で姿を変えた妖怪オタクやオカルト信者が集まり、前線で戦う妖怪たちに力を送る場所。僕はそのテストで一番最初に呼ばれた人らしい。

 彼との話はとても面白い。霊界の全てを知っていると言っても過言ではないであろう彼の話に、僕の好奇心は極限まで駆り立てられ、彼の語る世界へ引き込まれていった。

 時計を見ると、もう学校が終わる時間だった。体育館では本格的な軍議が始まるらしい。僕も行くように言われ、体育をサボっても絶対にバレない秘密の場所へ行くと、フロアを埋め尽くすほどの妖怪たち。宙に浮いている者たちも含めると、軽く二千は超えるだろう。

 主戦場はこの街の西、海の上になるらしい。なるほど、日本なら海坊主や舟幽霊もいるし、強そうだなと思う。

 軍議も終わり、各自休憩または戦闘準備となった。教室に戻った僕のところには、続々と子鬼に連れられた妖怪がやってくる。おそらくは僕と同じように、姿が変わってしまった人間だろう。

 彼らに作戦を伝えようとした矢先、

「始まったぞー!」

と声がかかった。窓の外を見ると、遠くのほうで色とりどりの光が見える。この学校からも、次々に隊列を組んだ妖怪たちが出発していく。

 僕ら元人間は、酒呑童子のいる体育館、おそらく本陣に集められた。

「一番隊鞍馬天狗が劣勢です!」

「狐族、突破されました!」

次々に注進が入る。僕らが酒呑童子の指示に合わせて力を込めると、青白い靄が体から立ち昇った。それを酒呑童子が丸め、注進役にわたす。それを持っていって、使うそうだ。

 体育館には、次々と負傷した妖怪たちが運び込まれてくる。彼らに力を込めるのも、元人間の仕事。傷口に手を当て集中すると、怪我がたちどころに治り、彼らはまた出発していく。

 戦局は、だいぶ怪しいらしい。十番隊まで層のように守っているところが、もう五まで突破されている。回復も追いつかない。最前線である光の帯がだんだん近くなってきている。

「ふはははははははは!」

刹那、僕の体が宙に浮いた。

「こいつはこのドラキュラ伯爵が貰ったぞ!」

 口をマントで塞がれた。

 酒呑童子がなにか言っている。そこで、僕の意識は途切れた。

 ここは…どこだ。どうやら、敵拠点のようだ。そこら中に、聞き慣れない言語が飛び交っている。

「デロ」

外に出された。連れて行かれたのは巨大な船の上だった。

「ニホンのサクセンをイエ」

言うわけないだろ。彼らなら助けに来るはずだ。しかし折角なので、西洋の妖怪を観察しておこう。

「イワナイナラソレマデダ」

 あぁ、終わりか。

 僕が妖怪を好きになったきっかけは、テレビで頼光四天王の特集を見たとき。あのとき、酒呑童子の強さと人間性に惚れ込んだ。その彼にようやく会えたと思ったらこれかよ。でもまあ好きなものに囲まれてあの世に行けるなんて幸せ……いや、ここあの世じゃん。あの世でやられるとどうなるんだろうか。

 そこまで考えて僕は、手を縛られたまま、首を突き出させられた。

「待つんだ。」

紫の閃光が走った。この色は、酒呑童子だ!敵の大将と思わしき妖怪を一発でノックアウトさせている。

「帰るぞ。」

瞬間、僕は体育館にいた。

「君の気を辿った。お陰で大将を倒せたようだ。」

待ってください、笑顔が眩しすぎます。

「報告です!敵が引いていきます!」

「勝鬨をあげようか。」

 この瞬間、日本の勝利が確定した。まだ、僕らには負傷した妖怪たちに気を込める作業があるのだが、それはさておき勝てた喜びと酒呑童子が助けに来てくれた喜びで目から洪水が起きそうだ。

「いやあ、今回は助かったよ。」

この言葉で、僕の涙腺は完全に崩壊した。

 全てが終わった。

 僕は、自分の体にいろいろな妖怪のサインを貰い、子鬼に連れられ帰路についた。といっても、僕は自分の街だから案内はいらないんだけどね。

 子鬼が、羊皮紙を取り出した。

「酒呑童子さんからの手紙です!家に帰って自分の身体を治す方法、サインの写し方などが書かれています!私は長くて諦めたのですが、感謝の文面がものすごいことになってましたよ‼」

 霊界の入口をくぐり抜けたところで、僕はベッドの上にいた。

「…夢?」

僕の手には、あの羊皮紙がしっかりと握られていた。体も、どうやら元に戻っているようだ。

 僕は、手紙を開いて読んでみることにした。しかし、開いたところからどんどん薄くなって、文字が消えていく。

「消えるな!いやだ!」

僕の願いも虚しく、文字は消えていった。

 なんとか解読できたところには、

「日本に再び妖怪の文化を」

と書いてあった。

 それからというもの、僕には少し霊感がついたように思う。見えないけれど、そこにいる。それを感じられるようになった。きっと古来の日本はみんなこうだったのだろう。

 この大戦争は、普通の人に話しても信じてもらえないだろう。しかし、書き残すことはできる。彼のため、いや、日本のため、僕は小説家になって妖怪の文化を広めて行くことにした。将来はミリオンセラーとりたい、いや取る、取って見せる!いつか、またあの世界へ呼ばれる日のために!

 僕は、澄んだ空と海と壁に飾ってある1枚の紙にそう誓った。

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