まーくんはカリスマ

小野オサ

第1話 まーくんはカリスマ

 まーくんはカリスマだ。それは疑いようのない真実。だって、小4の頃から自分のことをカリスマって言い続けてたんだから。間違いないだろ?


 生まれ育った町ってのは、いくつになっても特別だ。ましてや、それが令和になっても公害とヤンキーが特産品と呼ばれる川崎のなかで、ひときわ牧歌的で自然の多く、坂の多い町なら殊更だ。

 オレとまーくんが出会ったのはそんな山間にある町。出会ったときの記憶は無いね、幼稚園入る前だったし。でも、オレの有する最古のメモリのひとつに、まーくんの古い家で走り回ったり、ポケモンシールを吟味したりとそんなアンティークな記憶がある。つまり、オレにとってまーくんは、珠玉のクラシックブラザーってこと。

 日本人離れしたクリクリお目目で、ハーフとよく間違えられたが、体はとても小さく、物怖じしない素振りはさながらトニー・モンタナ。スポーツ万能で、明るく、幼い時分からカリスマ然としていたように思う。

 大きい瞳を細めて笑う顔は眩しく、サラサラの柔らかい髪を靡かせて、細くしなやかな足で縦横無人にボールを操る姿は同級生の憧れで、ウィットに富んで周りに流されず、ちょっぴり小生意気な性格は歳上や先生たちからも好かれた。

 国内でも有名なサッカーのクラブチームに入っていて、当時のオレからするとまーくんは留学に行ってしまったように感じていた。外交的な性格から学外の友達も多く、そこで出会った奴らの面白いエピソードなんかよく聞かせてくれたよ。

 今でもよく覚えてる、まーくんの印象的な言葉がある。中2のある日、帰り道の用水路沿いを歩いて、「金持ちになったら何したいか」という話になった。まーくんは、「金なんて困ってる人にあげるだろ!」と言う。ノットカリスマのオレは、「それはオレもやる。でも半分は自分と将来の家族のためにとっておく。まーくんもそうした方がいい。」と言い返すも、まーくんはそれを認めない。なんかこっちも意地になって、自分の利益を確保しないなんて愚かだと、説き伏せようとするも、まーくんは「全額困ってる人にあげる。」と言い張る。大人になった今だからわかるけど、あれは善人アピールでも、無欲アピールでもない。あの瞬間のまーくんの本心だった。あいつはそういう奴だ。オレだからわかる。

 つっても、まーくんは聖人君子じゃない。右の頬を殴られたら、相手の左の頬を殴るタイプだし、まーくんは最強じゃない。生意気なくせに身体は小さく、天才的だったスポーツでも挫折した。それでも、オレらを惹きつけてやまないカリスマだった。

 そんなまーくんが、親父と上手くいかず、仕事も上手くいかず、女性とも上手くいかず、心を病んで精神安定剤と酒を頼りになんとか生活をしのいでは、終始適当なことを口走っているから、酔っているのかいないのか曖昧になるほどのキャラクターになるなんて、誰も予測できなかったね。


 小さい頃は、神話があった。教室の机、図書室につながる廊下、校庭の木々、放課後の約束、同級生の女の子、友人の工作した作品、夏の暑さ、喧嘩、式典の緊張、サッカー後の夕焼け、どれにだって神が宿っていたように思う。だから、一緒に成長した友人っていうのは、どうしたって特別で、何にも代えられない。

 オレとまーくんは、いつだってあの頃を愛していた。けれど、オレのようなノットカリスマは、愛していた大切なアイデンティティーに蓋をすることで騙し騙し社会に適合しちゃうけど、まーくんは思い出に捕らわれた囚人であり、いつまで経っても「オースク(オールドスクールの省略)」が彼の最大級の褒め言葉だった。「俺はオースクだ。」って自分でもよく言ってたし、オレが思春期ばりの少し尖った言動をすると、「お前、オースクだな!」って嬉しそうに言った。

 ミサンガを一緒に編んだこと、夏祭りに行ったこと、冬休み中の校舎に侵入したこと、一緒にバスケを習い始めたこと、愛すべきはそんなオースクな寓話で、離婚、離職、疎遠になる友人、貯金額、社会人として画一化していくスキル、死の予感、そんな反吐がでそうなもんが今のオレらが纏うリアルだ。

 消えるように姿をくらましたまーくん。きっと、そんなヘドロのマントなんて脱ぎ捨てたんだろ?

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