勝敗

 神からの加護を、遊星は身体能力にも与えられていると言う。だから魔法同様、暴走しそうになるのを制御する術をカリィに学んだそうだ。


「最初の頃は、勢い余って変な方向に吹っ飛んだり、床にヒビ入れたりしてな……」

「そこから昼間みたいに、相手に傷を与えないところまで上達したのはすごいですね」


 星空の下、そこまで言って遠くへ目をやった遊星にアルバがそう言ったのは、慰めではなく本心だ。

 そんな彼らの前では、焚き火の炎が揺れている。闇の中、遠くから見えるという欠点はあるが、それよりも獣避けという利点の方が大きい。

 ……こんな風に遊星の『事情』を話せるのは今、アルバと遊星が二人で並んで見張りについているからだ。

 六人いるので、二人一組で交代に見張りをすれば(一組は休憩時間が分断されるが)結構、休める。そして、アルバとしては遊星と一緒になりたかったが、戦力的に首席二人は分けられると思って『いた』。



 寝床作りや食料調達があり、結果として昼を抜いたので夕食は少し早めに取ることにした。

 調理と巡回。どう分かれるかという話になった時、アルバは単純に、先程(寝床作りと食料調達)と逆になるかと思ったが、ここでミーネから待ったが入った。


「……あたし、戦って、ない」

「それを言うなら、俺もだけど……まあ、遊星は魔武器だけど本日分、戦ったしね。いいよ、ミーネ行っておいで」

「って、フェルス? それだと、女の子ばっかり……いや、一人は男の娘だけど、でも」

「そう、ボク男の子だからね! 頑張ってくるっ」

「アルバ、ユーセイ。フェルスには絶対に料理させないでね。味覚はまともなくせに、自分で作ると思いつきでやらかすから微妙になるの。食材無駄にしたくないから、お願いね」

「解りました」

「あ、うん」

「イグレット、酷いよ!」


 そんな賑やかな(一部、会話にズレがあったが)やり取りの後、フェルスとアルバは遊星と残ったが――イグレットに言われた通り、フェルスには焚き火の火を点けさせる(彼は火属性なので)だけにしておいた。

 意外だったのは、遊星に料理が出来たことだ。アルバは単に焼けば良いと思っていたが、遊星はミーネが用意していた鍋に猪の他、野草を入れたスープを作ったのだ。


「俺の家、共働……両親とも仕事してたから、飯は俺が作ってたんだよ。まあ、簡単なのしか作れないけどな」

「すごいね、ユーセイ! あ、このキノコも入れようよ。華やかな彩りに」

「……フェルス、それ、笑い茸」

「むしろ何故、その派手派手しい色をしたキノコに危機感を覚えないんですか?」


 そして笑顔で笑い茸を鍋に入れようとするフェルスを制しながら、アルバはイグレットからの忠告をありがたく思ったのである。



 巡回では幸い、他の生徒との衝突はなかったと言う。

 しかし、兎や弱い魔物との遭遇はあったらしく――アルバの提案通り、魔武器と詠唱を簡略化した魔法を使ってみたそうだ。結果、グレルとイグレットは魔法を発動することが出来たが、ミーネは出来なかったらしい。もっとも、これには理由がある。


「いきなりの無詠唱は、難しいんじゃないかな?」

「……頑張、る」

「そっか……頑張ってね」


 グレルの言葉に首を横に振った後、ミーネはキッと顔を上げて言った。そんな彼女に気を悪くすることなく、むしろ笑ってそう続けた辺りグレルの人の好さが窺える。

 そこでアルバが思考を終了したところで、フェルスが思いがけない提案をした。


「あのさ? この後なんだけど、焚き火当番と見張りは二人一組にしない? 夜襲の可能性はあるけど何もなければ、五刻から六刻くらい眠れるし」

「そうですね。じゃあ、昼間のように組分けを……」

「それでさ? ミーネとグレル、ユーセイとアルバ、そして俺とイグレットにしない?」


 そんなフェルスの言葉に、アルバは思わず目を見張った。確かに魔法を発動していないフェルスや発動出来ていないミーネは、魔法が発動出来る者と組んだ方がいいが――それ以前に、首席である自分とユーセイは、絶対に別々に割り振られると思ったからだ。


「戦力的には、確かにそうなんだけどさ……それより、ユーセイと離れて不機嫌なアルバと二人で見張りする方が嫌かな?」

「…………それは」

「ない、とは言えないよねー? あとは……ちょっと、耳貸して?」


 身も蓋もないことを言われるが、図星ではあるので反論は出来ない。すると、小声で言葉を続けるとフェルスはアルバの耳元に顔を寄せてきた。


「グレルとミーネ、仲良くなりそうだし? 俺としては、彼女の味方が増えるのは大賛成なんだー」


 ……そう言って、にこっと笑いかけてくるフェルスをしばし見つめて。


「良いですよ」


 本音を全て、口にしているとは思っていないが――願ったり叶ったりではあるので、アルバはフェルスからの申し出に頷いた。



 そんな訳で、アルバはこうして遊星と焚き火の見張り番をしている。

 あいにく三組の真ん中での見張りになったので、休息時間はまとめて取れなかったが――アルバは数日、徹夜をしても平気だし、遊星も神の加護により同様らしい。


「……あの、さ。アルバってもしかして、組分けとかじゃんけん、弱い?」

「えっ?」

「じゃん、けん、ぽんっ」


 世間話の中、ふと遊星がそう言って手を突き出してきた。

 組分けの時に使う『手』を、こうして勝ち負けを決める時にも使いはする。

 する、のだが――遊星のかけ声に、咄嗟にアルバが出したのは『パー』で、遊星が出したのは『チー』だった。つまりは、遊星の勝ちである。


「よし、俺の勝ち!」

「…………」


 向けられた笑顔は可愛いと思うが、急にとは言え負けたのは面白くない。思わず眉を寄せ、遊星の目を見据えてアルバは口を開いた。


「……もう一回、やりましょう」

「え?」

「あ、いや……」


 そんなアルバに、遊星がきょとんと目を丸くする。

 その反応で我に返り、誤魔化そうとしたアルバだったが――隣に並んで座っていた遊星が、何故だか再び笑顔になった。


「ああ、解った……アルバが、俺に勝つまでな」

「いえ、一回だけで」

「じゃん、けん、ぽんっ」


 そして、かけられた声に『チー』を出したアルバだったが、今度は遊星が『グー』を出したのでまた負けてしまった。


「……もう一回」

「おうっ」


 それから、遊星の言葉に甘えて『勝つまで』やったのだが――見張りを交代する直前にようやく勝てたので、確かにアルバはじゃんけんに弱いのかもしれない。

 ……初めて知ったことを悔しく思いつつも、遊星の笑顔を間近でずっと見られたのは楽しかった。

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