始動
遊星が着ていた服は刺繍も飾りもない地味なものだが、シャツやズボンという基本はティエーラの平服と変わりない。
彼と初めて会った時に、アルバが着ていた丈の長い貫頭衣は公式の場や宴で纏う正装だ。ギルドの帝になるのに身分は不問だが、貴族や皇族に会う機会もある為、顔を隠すフードと共に義務化されていた。
逆に言えば、帝以外の時はアルバもフードは被らずに平服を着ている。もっとも、端正な容姿の為に周りと同じような格好でも振り返られ、見惚れられるが。
「あの、これからよろしくお願いします……アルバさん」
「…………」
今朝、先にギルドを出たアルバは入学の手続きを終えて、魔法学園の寮に入った。
遅れて制服や教科書を手に、遊星が到着し。アルバの部屋に入ってきておずおずと声をかけてきたのに、緑色の瞳を据わらせてしばし無言で応じる。
(確かクラスも、成績順だった筈)
アルバも、そして遊星も大きすぎる魔力や複数の属性を悟られないように、制御具をつけている。ぱっと見で解らないので、おそらく遊星もアルバと同じペンダントなのだろう。
それでも、アルバは最低限の詠唱だけで魔法を使えるし、遊星も――最初は、逆にコントロールが効かなかった(ギルドの訓練場で、何度か暴走させたと聞く)が、今では無詠唱で魔法を使えるようになった。
筆記試験が同点なので本当は遊星が首席なのだが、先に試験を受けたアルバが既に実技で満点を取っていたのと、遊星にこの世界の常識がない為、明日の首席挨拶はアルバがすることになっている。
……話を戻そう。
つまり寮でも学校でも、アルバはこの癪に障る転生者と顔を合わせなくてはいけないと言う訳だ。ギルドではお互い入学準備があった上、アルバが一方的に避けていたがここではそうもいかない。
「異世界人だと言うのは、バラすんですか?」
「まさか! わざわざ話す必要ないですし……常識知らずなのは、田舎から出てきたって言ってごまかしますっ」
「……普通に話して、いいですよ」
「えっ?」
「『たまたま』同室になった相手に、敬語なんて使われたら僕が悪目立ちします。『単に』同室で同級生なだけですから『わざわざ』話すこともないですけど、流石に挨拶『くらい』はしないと不自然ですからね」
「……えっと、うん……解った」
アルバの言葉に、遊星の目が大きく見開かれ――次いで、眉が情けなく下がった。
とは言え、アルバとしてはむしろ最大限の譲歩だ。下手に知り合いだと言うと、アルバの正体がバレる危険性がある。
そして、知り合いでなければそもそも話す義理がない。
面倒を見る気も馴れ合うつもりもないのだから、せめて話し方くらい好きにすれば良いと思っての提案だ。
騎士団と魔法使いは皇帝と国を守り、冒険者ギルドは民を守る。
冒険者ギルドには色んな仕事が持ち込まれるが、一番需要があるのは魔物討伐だ。
逆に言えば、そんな利点がなければいくらカリィに勧められても、アルバは魔法学園に来るつもりはなかった。
(義母さんの思惑からは、外れるだろうけど……僕はもう、何も奪われたくない)
そう結論付けて、教科書に目を通すのを再開したアルバに――観念したらしい遊星も、無言で荷物の整理を始めた。
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