追想
この世界――ティエーラにはかつて、魔王が現れた。そして人間や亜人を支配し、魔族や魔物の糧にしようとした。
そんな魔王を倒したのは、異世界から召喚された勇者だ。彼は元の世界には戻らず、魔王に攫われていた皇女を娶ってティエーラの繁栄を担ったという。ティエーラに住む者なら、赤ん坊以外は知っている話だ。
「ゆうしゃさまは、かえりたくなかったのかな……それとも、かえれなかったのかな?」
アルバも、母親から勇者の話を教わった。
十年前、体が弱かった彼に母はべッドの枕元で勇者の物語を読み聞かせた。そして朝、畑を耕しに行く母親(父はすでに亡くなったと聞いている)を見送り、一人で部屋に横になりながらぽつり、と呟いた。
「ぼくたちが、まおうをたおせるくらいつよかったら、ゆうしゃさまをよばなくても……なんて」
そこまで言って、アルバは丸い頬に悲しげな笑みを浮かべた。
ティエーラに住む者は、ほぼ誰でも魔力を持って生まれてくる。心臓が、魔力の核でもあるからだ。
しかしその魔力を放出させる(これを、人は魔法と言う)となると、誰でも出来る訳ではない。やはり訓練が必要だし、年を取って体力が落ちたり子供でもアルバのように病弱だったりすると全く魔法が使えないのだ。これは体への負荷を防ぐ為の、自己防衛だと言われている。
「じぶんでできないのに、えらそうなこといっちゃダメだよね」
そう締め括り、少しでも元気になるようにと大きな緑の瞳を閉じたアルバだったが――不意に聞こえてきた悲鳴に、驚いて飛び起きることになる。
「アルバ! あぁ、無事だったのね……っ」
「……おかあさん?」
「ごめんね、少しだけおとなしくしていてね……早く、逃げないと」
「えっ……?」
幾つも外から聞こえてくる悲鳴に、目は覚めたが状況が掴めずベッドから動くことが出来なかった。
そんなアルバの元へ、母が駆けつけてくれた。そして戸惑う息子に靴を履かせて自分のマントでくるむと、そのまま抱き上げて家を飛び出した。
刹那、アルバは声にならない悲鳴を上げた。彼の住む村は小さな、けれど平和な村だった。それなのに今は、
(どうして、どうして、どうして……どうして!?)
この村に、魔法が使える者はいない。だから村人も、そして母もただ逃げることしか出来ない。
けれど、それも長くは続かず――スカートを掴まれ、強く引っ張られた母はそのまま転んでしまった。その勢いで、アルバも一緒に地面に転がる。痛かったがそれよりも、慌てて離れていく母へと手を伸ばした。
「おかあさん……おかあさんっ」
「アルバ、逃げ……っ!?」
そんな彼の目の前で、グールが捕まえた母の首筋に噛み付いて引きちぎる。
「おか……あっ、ぁああ……っ!?」
瞬間、絶叫したアルバの頭の中が真っ白になる。
次いで炎の渦が、彼を中心にして巻き起こり――アルバに手を伸ばしていたグールを、そして村人達を貪っていたグール達へと放たれ、焼き尽くしたのである。
※
数日後、アルバが目覚めたのは生まれ育った村ではなく、アスファル帝国の都であるリーラ、そこにある冒険者ギルドだった。
「気がついたのね? 大丈夫? 気分は?」
「ここ、は」
「リーラよ。私は、冒険者のカリィ……あなた、熱を出してずっと寝込んでいたのよ?」
「……たすけて、くれたの?」
気遣うように覗き込んでくる榛色の瞳は、色こそ違うがアルバに母親を思い出させた。そこで母や、村人達がグールに襲われたことを思い出し――目の前の美女が、自分を助けてくれたのかと思って尋ねた。
しかし、カリィは首を横に振った。それから、戸惑うアルバに視線を合わせるようにベッドの横の椅子に腰掛けた。
「グールを倒したのは、あなたよ。あなたが、炎の魔法で」
「うそ……」
「えっ?」
「だって、ぼく、まほうはつかえなくて……なんで!? まほうがつかえるなら、おかあさんをたすけられた! みんなを、たすけられたのに……なんで!?」
母の死がきっかけになり、身の危険も顧みずに魔法を使ったのだと今なら解る。けれどその時は訳が解らず、抱き締めてくれたカリィの腕の中で泣き叫んだ。
そんなアルバの頭や背中を、カリィはずっと、優しく撫でてくれた。そしてようやく泣き疲れ、叫ぶのをやめた彼に言ったのだ。
「過去は変えられないけれど、未来は変えられるわ……あなた、私の子になりなさい。そして魔法を覚えて、強くなるの。魔物から、皆を守れるように」
「う……は、い」
カリィの言葉は、途方に暮れたアルバを照らす光のようだった。
それ故、カリィに頷き答えようとして――少しでも大人にならなくてはと、アルバは言葉遣いを改めて返事をした。
騎士や魔法使いは国を、そして冒険者ギルドは魔物から民を守ると言われている。
そしてアルバは、実は風帝だったカリィの養子となり、心身共に鍛えて異例の全属性の魔法を使える『全帝』となったのである。
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