終末、アイドルライブ『で』やります。観にきて下さい

四目ハッテ

一章 顔合わせ

第1話 悪魔との再会、かつ仲間との出会い

 六月末日、日曜日、午後一時。

 ボクは、南青山みなみあおやまに位置するバベルプロダクションの本社ビルを訪れていた。

 大手芸能事務所との呼び声に相応しい、十七階建ての巨大ビルだ。

 今日ここから、ボク――志侑環希しゆうたまきは、アイドルとしての一歩を踏み出す。

 そのはずだったのだけど、何これ。

 まず、案内されたのが地下の一室、と言うか倉庫だった。

 コンクリートを打ちっ放しにした内装ないそうに、棚や段ボールがゴチャッとひしめいている。

 場所を間違えたかな、と一度エントランスに聞きに行ったが、これで正解だった。

 見れば確かに、学校の教室くらいの広さはあるし、椅子や机も並んでいる。

 これなら一応事務所としても機能するのか――、ううん? するかな?

 ともあれ立ち尽くしているのも気まずく、空いていた椅子に掛けた。

 席は全部で四つあったが、他は先に来ていた女の子達で埋まっていたのだ。

 彼女達も彼女達で、うん、全員揃そろって何やら様子がおかしかった。

 一人はパーカーを目深まぶかに被り、顔を見せない。

 一人は青のドレス姿で日傘を差している。

 一人はゆめかわ系の服装で、昼寝をしていたのか、口の端によだれのあとを付けている。

 今日これ顔合わせなのに! 地下なのに! そして一応仕事なのに!

 だけど一番の『何これ』は、地下倉庫に呼ばれたことでも、彼女達でもなく、


「オレは東條真門とうじょうまもん。お前達を不合格から拾い上げる、プロデューサーだ」


 集合時間から少し遅れ、地下倉庫にやってきた彼。

 その姿に覚えはあった。ううん、忘れられるはずもない。

 ボクが彼と出会ったのは、アイドルオーディションの最終審査会場。

 彼こそが一月前、ボクに不合格の現実を突きつけた張本人ちょうほんにんなのだ。

 でなくとも、長い黒髪、青白い肌、せこけた頬と印象は強い。

 ボク自身、先日会った際の印象では、地縛霊と思って吃驚びっくりした。

 けど一応『人の』地縛霊とは思った。そう思った、はずなのに。


「いいか、よく聞け――――」


 教卓的きょうたくてきな位置に置かれた机に、東條さんはドンと両手を突く。

 その時だ。彼の背後から、目をおおいたくなるほどの突風が抜ける。

 室内なのにどうして風が吹いて、なんて思う間もなかった。

 辺りはすでに地下倉庫から一転、これは、城…………?

 明かりとなるのは今や。大窓から差し込む月光だけである。

 そうして青白く浮かんでいたのは、広間ひろま玉座ぎょくざだけの置かれた光景だった。

 それだけで充分『何これ』なのだが、ボクが最も驚愕きょうがくしたのは彼自身の姿だ。

 その頭には山羊やぎのような角が、背中にはコウモリの思わせる翼が広がり、


「これより、世界を変革へんかくする。そのために力を貸せ。才能溢あふれるあふれ者共」


 彼は言う。けどこれほどの異常事態を前に、話なんてまともに聞けるはずもない。


報酬ほうしゅうはお前達の欲だ。このオレ、大悪魔マモンが、どんな強欲でも叶えてやる」

「大悪魔…………」


 そんな中、彼が名乗った『悪魔』との名称だけは妙に腑に落ちていた。

 ボク達が暮らすのは、人による人のための、人の世界である。

 当然そこに悪魔の存在などはなく、彼らが登場するのは神話やフィクションだけ。

 けど彼は違った。比喩でも何でもない、本物の『悪魔』がそこに居たのだ。

 ボクにとってのアイドル活動は、他の人より苦難の連続である。

 ボクの受けた『プロジェクト・デュナミス』の募集要項――――。

 そこには『原則十歳から十八歳までの女性』とあった。

 端的たんてきに言うと、ボクはそれを満たしていない。

 ボク、志侑環希は、身も心も男なのだ。

 その上で、女性アイドルとしての活動を望んでいる。

 だから、普通なんて道は最初から存在しない。

 ゆえに、大丈夫。この程度覚悟の上だ。

 そうだよ。顔合わせに向かったら、地下倉庫だっただけじゃないか。

 あと、同じく集められていた面々は、皆どこか様子がおかしいだけ。

 加えて、プロデューサーを語る彼は、ボクに不合格をしめしたその人で。

 それどころかどうやら彼は、特殊な力を扱える正真正銘の悪魔で。

 ――――って、やっぱ違うよ! どの困難も想定外に大きいよ!

 え、どうして?

 どうしてこんな、カオスの極みみたいな状況に陥ってるの?

 いや、原因はわかってる。場所も面子も含め、全部彼の裁量だ。

 つまりそう至った理屈を知りたいのだが、え、何か言ってた?

 そう過ったボクの頭には、彼との出会いが思い浮かんでいた。

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