経犬

@asaii

経犬

道に立ってるだけで全身の毛穴から汗が出るような日だった。そんな中、母さんから1本の電話があった。

ーーーさっき、チョコ死んじゃったよーーー

ーーーそうーーー

暑すぎたせいか会話の内容が頭にあまり入ってこない。

母さんからチョコの病状を聞くのは初めてではなかったからか俺はそんなにチョコの死に驚くことはなかった。

母さんの言うとおり帰ってきてお別れをいうのが筋だが、今日は大人気ゲーム「ポコロン・ファンタジー」の数量限定版特典が発売される日だ。実家に帰ってる暇はない。しかももう歩いちゃってるし。しょうがないよな。うん。

俺はめんどくさがって大学の課題が忙しいとかで断り電話を切った。


「あぁーなんでよりによって、こんな人気のゲームがオンラインで発売されないんだよ。運営大丈夫か。」


1人で愚痴を言う。


「もうほんとにさそーゆとこぉ。」


ーーーー鋭いブレーキ音が鳴り響く。ーーーー

ほんとに死ぬ間際って時間止まるんや。避けないと…やばい間に合わない…。

ーーードンッーーーあっけない音だった。

意識がある。助かったのか。恐る恐る目を開けるとそこには真っ白な空間が広がっていた。距離感が全くわからない。だが、ラノベ好きの俺にはわかる。

「これってもしかしてよくある異世界転生もののやつ!?俺にもつき回ってきタァァァーーーーー!」

ドーパミンが出過ぎてやばい。


  「いまどき驚く人間ってすくないのね。」


「おっ、登場ですか神様。意外と子供みたいな姿なんだな。」

  

  「そうだぁ。僕がこの区域を担当する神Pさ。君は成仏するには早い。転生して  

  もらおうじゃないか!」


「だよな!だよな。で俺は何に転生するんだ?」

 

  「えーーーとね、犬!」


「•••へ?」は?こいつ何言ってんだ、普通転生って異世界行って最強して世界救うみたいなやつだろ。

  

   「犬ね。」

「おいおいおいまってくれよ!」


  「これは決定事項なんだ!。じゃあー、次の人生…犬生で頑張ってね!」


「おいおぉ………。」余計なお世話だ。

最後の声も届かず

ーー航香輝厚としての人生は終わった。ーーー



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


目を開ける。状況はすぐわかった。プラスチック製のトイレに、踏んだら音のする人形のおもちゃ、大きいガラスの向こうにはいくつもの棚が並んでいた。こうやって考えれるっつーことは、記憶は引き継いでるのか…。あの神様よくもっ…。余計なこと考えてもしょうがない。とりあえず当分の目標はここから出ることだな。

俺はそれから目の前を通る人に片っ端から目線を合わせてみたり、自分なりに可愛い行動をしたりした。チョコこんなことしてたっけ‥。欲を言えば可愛いお姉さんに飼われたい。しかしそんなこと言ってる暇じゃないことは自分が一番わかっていた。

お世話をしてくれる人の会話を聞いていると、俺は生後4ヶ月弱らしいのだ。以前、ネット記事で犬の売れ残りの現状が流れてきた気がする。

「6ヶ月を過ぎると売れ残る可能性が高い…。」

ーーーーーーーーー

ここから出る。そう決めた日から何日、いや何ヶ月経っただろうか。俺は誰にも飼われなかった。ケージの位置も下の方になっていき、最初のやる気はもう失われていた。飼われなかったらどうなるのか想像するのは難しくなかった。俺はこのまま…。そう思っていた。


「ママーこの子面白い顔ー!!見てよ。」


そこには救世主の美少女‥ではなくちんちくりんな坊主の男の子がいた。スポーツT-シャツに半ズボン。いかにもって感じの日本男児だ。っ俺って面白い顔なのか?!。だがそれよりも、嬉しいという気持ちが勝ってしまった。ここを逃したら終わりだということは直感で理解できた。俺の必死の訴えが通じたのか、店員が坊主の男の子に俺を抱っこさせてくれた。

棚の向こうから来た女性は母親だろうか。


「たっくんどれどれ〜かわいい子じゃん。この子にする?」


「このこがいいー!!」


そこからは今までがなかったかのようにトントン拍子で物事が進んでいった。それと同時に彼の意識は遠のいていった。

ここから時は急速に流れる。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜15年後〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


再び意識が戻った時にはもう体が動かなかった。死がすぐそこまで来ていたのだ。こんなにも犬の一生は短いのか。自分の思い出ではない記憶がどんどんと頭に流れてくる。自分が初めて散歩に出かけたときの喜び、ソファで寝ているときの安心感、大人になった彼がいなくなってしまったときの寂しさ…。走馬灯のように鮮明に思い出される。たっくんもこんな気持ちだったのだろうか。もう考えることもままならない。たっくんは来ないのか。

ーーそしてまた…人生は終わった。ーーー

ここは…。真っ白い空間が目の前に広がる。また死んだのか。

そしてそこにはーーー


   「おかえり!どうだった???」


「なんかふしぎな感じだったよ。短いのに長い一生だった。本当の犬の気持ちもこんななのか?」


   「んーそれはわからないけど、君が死んだあとのことには興味ない?」


「見てどうするんだよ。どうせたっくんは来てないだろ。早く成仏させてくれ。」


   「それはどうかなー?彼は来てるよ君と違って。しっかりと君を弔ったみたい       

   だよ。」


「…」俺は泣いていた。嬉しかった。


   「君はこのまま成仏して本当にいいのかな??」


「もう一度チョコに会いたい。もう一度だけチャンスをくれ!」


   「その言葉を待っていたよ!規約違反だけど、あの日あのときに戻してあげよ   

   う!ラストチャンス悔いのないよう頑張りたまえ!」


道に立ってるだけで全身の毛穴から汗が出るような日だった。そんな中、母さんから1本の電話があった。

ーーーさっき、チョコ死んじゃったよーーー

ーーーわかった。すぐ帰るよ。ーーー

ーーーうん。帰っておいで。ーーー

俺はすぐにアパートに戻り自転車をとり、駅に向かって全力でペダルを踏んだ。

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