第9話 臨界点突破
気絶して動かなくなったシルヴィアを
「ミゲイルさん、しっかり!」
ネロは傷薬でミゲイルの無数の切り傷を治療していく。ざっくりと切り裂かれているが致命傷は負っていないようである。
「あっ、ネロくん! 大丈夫だったの?」
デリルはミゲイルの元にやってきたネロを見て胸を撫で下ろす。エリザもミゲイルの治療が始まったのを見て安心する。
「あとはコイツを仕留めるだけだな!」
エリザがヘーゼルを
「勝負はまだ終わってはいない!」
ヘーゼルから再び真っ黒な闘気が立ち上り始める。どうやらまだまだ戦意喪失はしていないようである。それどころかあれだけの実力差を見せられたと言うのにまだ勝つつもりらしい。
「さっさと降参しなさいよ、あんたじゃエリザにゃ勝てないわよ!」
デリルがエリザの後ろからヘーゼルに忠告する。
「ふんっ! 確かにその女の強さは計算外だった……」
ヘーゼルは素直に認めた。
「だったら……」
デリルが言いかけるとすっと手を
「だが、その強さがこの俺の真の実力を目覚めさせる事になる」
ヘーゼルはそう言って突然両手を天に掲げた。
「お手上げってんじゃ……なさそうだな」
エリザは異様な雰囲気を察知して軽口をやめた。両手を掲げた瞬間、ヘーゼルの身体にどす黒い何かが入り込む。
「この嫌な感じ……魔王の波動だわ!」
デリルはヘーゼルの足元を見る。「エリザ! あの人、魔王を封印したゲートのど真ん中に立ってる!」
小刻みに震え始めたヘーゼルは白目を剝いて薄笑いを浮かべている。魔王の邪気を過剰に吸収してしまっているようだ。このままではアストラの言っていたように、人間の心を完全に失ってしまう。
「グググ……おレさまハへーぜる……帝国の覇者トなル男だぁアっ!」
ヘーゼルの声に不気味な低い声が混じる。
「やべぇ! あいつ、どんどん闘気が膨らんでるぞ!」
エリザは爆上がりしたヘーゼルの戦闘力を感じて思わず後退りする。
ゲートが震え、天井からパラパラと石が崩れて落ちてくる。封印の間全体がヘーゼルと共鳴して揺れ動いているようである。
突然、ピタリと震えが止まった。
「マタセタナ。サァ、始メヨウカ……」
ヘーゼルの声は完全に不気味な低い声に変わっていた。目は真っ赤に光り、人間らしさは微塵も無くなってる。
「くっ、どうやら完全に乗っ取られちまったらしいな」
エリザは何とか気力を振り絞って戦斧を構える。「行くぞ、オラァ!」
地面を蹴ってヘーゼルに飛び掛かるエリザ。先ほどと同様に肩口から切り裂くように戦斧を振り下ろす。
ガキンッ!
鈍い金属音が響き渡り、振り下ろした勢いそのままに戦斧が弾き返される。百キロを超すエリザの巨体も一緒に弾き飛ばされた。思わず尻もちを付きそうになったが何とか体勢を整えて着地する。
「ドウシタ、ソンナモノカ?」
ヘーゼルが真っ赤な目でエリザを睨みつける。
「ま、まだまだぁっ!」
エリザは戦斧を振り回し、ヘーゼルの全身に次々と叩き込む。戦斧と鎧のぶつかり合う激しい音が封印の間に響き渡る。仁王立ちしたままヘーゼルはデリルのラッシュを平然と受け止め続ける。
「フンッ!」
ヘーゼルの裏拳がエリザの顎にヒットする。エリザは弾き飛ばされ、駒のようにグルグルと回転しながら壁に激突した。
「エリザ!」
デリルは驚いて声を上げる。「あのタフなエリザが裏拳一発で……」
ピクリとも動かなくなったエリザに向かってヘーゼルはさらに攻撃を加えようと飛び掛かった。
「!? 何ダ、オ前ハ?」
ヘーゼルとエリザの間に立ち塞がったのは青白い闘気を
「テメェ、俺のエリザをよくも殴りやがったな!」
アルは問答無用とばかりに闘気を帯びた剣を振る。左胴から右肩口に掛けて振り上げた剣がヘーゼルの鎧を切り裂く。しかし、ぱっくりと割れたと思った鎧はすぐに元の状態に修復していく。
「無駄ダ、コノ鎧ハ壊セン」
ヘーゼルは真っ赤な目でアルを見下ろす。
「ケッ、だったらこれでどうだ!」
アルは一刀両断にヘーゼルの首を
ガラン……。
金属音が鳴り響き、床に転がったのはヘーゼルの首……ではなくヘーゼルの兜だった。ヘーゼルは寸でのところで身を引き、アルの剣を躱したが兜だけが弾き飛ばされてしまったのである。
「調子二乗ルナ、がきィ!」
ヘーゼルはアルに無数の鉄拳を打ち込んだ。しかしアルは慌てる事なく全ての攻撃を躱していく。
「遅ぇよ、おっさん。死んどけ!」
アルは心臓目掛けて突きを放つ。
「グッ!」
ヘーゼルは左前腕で心臓を
「くそっ、抜けないっ!」
アルはヘーゼルの腕から剣を引っこ抜こうとするが、びくともしない。ヘーゼルはアルの顔面に右拳を叩き込もうと振りかぶった。
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