第8話 黒幕は……

 キャスパルが凶弾きょうだんに倒れ、意識不明の重体となった。キャスパルはミゲイルを国家反逆罪と断じていたが、皇帝ペディウスの証言により、議会はミゲイルに国家反逆の意図無しとの判断を下した。議会は城内で発生した暗殺未遂を重く受け止め、非常事態宣言を発令、帝都城内、城下の警備を強化した。

 

 ペディウスの手配により、デリルたちは帝都城にあるゲストルームに待機していた。

 

「こんなに物々しいと帰るに帰れないわね」


 デリルは落ち着かない様子でゲストルームのソファに座っている。この部屋の入口にも武装した兵士が警備のために配置されている。

 

「ま、そのうちあの大臣も目を覚ますだろ」


 エリザは楽観的に言う。しかし、ネロは真剣な表情で考え込む。

 

「黒幕はキャスパルでは無かった……。では誰が……?」




 ミゲイルの国家反逆罪の容疑が晴れた事で、国賊こくぞくとしてさらし首となっていた若き将校たちの首が回収される事になった。

 

「これが将校たちの首です」


 ミゲイルは広場から撤去された首を1つ1つ確認していった。

 

「無念であっただろうな。まさか晒し首にされてしまうとは……」


 ミゲイルは1人1人に別れを告げるように手を合わせる。最後の首を見た時、ミゲイルは弾かれたようにまた最初から首をあらためた。「無い……」


 ミゲイルはうめくように言った。ミゲイルの中の疑惑は今、確信に変わった。やはり今回の騒動の黒幕はあいつだ!

 

 

 

 コンコンコン。

 

 突然、ゲストルームのドアがノックされた。

 

「どうぞ」


 デリルが声を掛ける。

 

「久しぶりだな、デリル」


 そこには銀髪隻眼ぎんぱつせきがん壮年男そうねんおとこが立っていた。


「ア、アストラ!?」


 デリルは素っ頓狂すっとんきょうな声を上げる。アストラは驚いているデリルを尻目にズカズカと中に入り、ソファに腰かけた。

 

「お前、どうやってここまで来たんだ?」


 エリザがたずねる。何しろ、キャスパルが凶弾に倒れ、帝都城内はもちろん、城下も帝都兵がそこら中に散らばっている状況である。

 

「ん? 普通に入口から入ってここまでやってきたぞ」


 アストラは平然と答える。アストラにとっては厳戒態勢のこの部屋まで来る事などだだっ広い野原を散歩するのと変わらないのだ。

 

「そもそも入口にも見張りが立ってたでしょ?」


 デリルがドアを開けて外を見る。そこには二人の兵士が幸せそうな寝顔を浮かべて壁に寄りかかっていた。

 

「ん? 寝てたぞ」


 アストラはのんびりと答える。

 

「あんたが眠らせたんでしょ!」


 デリルが突っ込む。「やっぱりあんたが黒幕なの?」

 

「あのなぁ……。どこにこんな登場をする黒幕がいるんだよ」


 アストラはあきれて言う。「いて言うなら黒幕はデリル、お前だ」

 

「はぁ? なんで私が黒幕なのよ!」


 デリルが訳が分からないという表情でアストラを見る。

 

「強いて言えば、だ。帝都がこんな状態になっている原因の一端はお前にある」


 アストラは断言する。

 

「ひどい言いがかりだわ! 私は帝都なんて来たこともないのよ?」


「本当か? 本当にこの辺りに来た事はないか?」


 アストラが問い詰める。デリルには全く心当たりがない。徐々にアストラを恐れるような目で見始めた。

 

「だって……本当に心当たりが……」


 狼狽うろたえるデリル。

 

「もしかして、魔王の封印と関係がありますか?」


 ネロが言うとアストラが驚いたようにネロを見る。

 

「ほう、鶏頭けいとうばかりかと思ったらちゃんと分かってる奴もいるじゃないか」


「どういう事?」


 デリルはネロに尋ねる。


「ほら、先生は帝都領に魔王を封印したって言ってたじゃないですか」


「確かにそうだけど、どこだったか分からないわ」


 デリルの言葉を聞いてアストラが大きなため息をいた。

 

「お前……、魔王を封印しておいてその場所を覚えてないってのか?」


 アストラは顔を右手で覆って頭を振った。「お前は百舌鳥もずか!」

 

「悪かったわねぇ、どうせ記憶力は悪いですよ」


 デリルは舌を出してべーっとアストラに向ける。

 

「……しかも、お前、ちゃんと手順通りに封印してないだろ」


「え? な、何の事かしら?」


とぼけるんじゃない! あれほど封印の手順は間違えるなと言っただろ!」


 アストラに叱責しっせきされてしゅんとなるデリル。

 

「でもしょうがないのよ、もともと封印するつもりなかったんだから」


 デリルは弁解する。何しろ急を要したので慌てて封印したのだ。


「ここのところ、魔の波動が強くなっている」


 アストラがふっと外を見る。「帝都の郊外から邪悪な気があふれている」

 

「まさか、その悪しき波動のせいで帝都が混沌としているんですか?」

 

 ネロが言うと、

 

「君、こんな奴の弟子は止めて私の弟子になれ」


 アストラは察しの良いネロが気に入ったらしい。デリルが鬼の形相ぎょうそうでアストラの前からネロを自分の背後に隠す。

 

「ネロくんは私の大事な弟子よ。あんたなんかに渡さないんだから!」


「バカ、冗談だ。私は弟子など取らん」


 アストラは呆れた顔でデリルを見る。「私は三年前にこの地にやって来た」

 

 アストラが語る。三年前、魔王の悪しき波動をいち早く察知したアストラは、帝都を訪れていた。奇しくも帝都が王都を攻めようとしていた時期である。

 

 人間には察知できないほど微弱な波動だったが、確実に帝都の人々をむしばんでいたようである。先代皇帝もその一人で、魔王に滅ぼされかけた帝国を復興するために王都を攻め落とそうとしたのである。アストラはキャスパルからの依頼を受け、エリクサーの大量生産に乗り出した。

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