第7話 大臣キャスパル

 大広間はすでにたくさんの要人が詰めかけており、正面にペディウスの肖像画とそれを囲むように花が飾られていた。

 

 キャスパルは喪服に身を包み、神妙な面持おももちで祭壇付近に座っている。いよいよ葬儀が始まるというその瞬間、デリルたちがどっとなだれ込んだ。

 

「キャスパル! 余の顔を見忘れたか!!」


 ペディウスは大声で叫び、フードを取って顔を見せる。一瞬ほうけたような顔をしたキャスパルが驚愕の表情を浮かべる。

 

「へ、陛下! よくぞご無事で……」


 白々しく涙を流すキャスパル。「ご崩御ほうぎょされたと報告を受けた為、不本意ながらこのような葬儀を行っておりました」

 

「見苦しいぞ、キャスパル! 陛下を亡き者にしようとしておいて……」


 ミゲイルが憎しみを込めた目でキャスパルをにらみつける。


「ミゲイル! 貴様、陛下をさらっておいて何を言っておる!」


 キャスパルはキャスパルでミゲイルを糾弾きゅうだんする。


「なんだかおかしいわね」


 平行線のやり取りを見てデリルがつぶやく。

 

「貴様が陛下を骨抜きにしようと寝室に閉じ込めていたのは分かっているのだぞ!」


「馬鹿な! なぜ私がそんな事をする! 私は陛下に一刻も早くご世継ぎを儲けて頂きたい一心で……」


 キャスパルは寝耳に水という顔で反論する。


「私はこの目ではっきりと見た。あの場にいたのは魔性の者だったぞ!」


 動かぬ証拠とばかりにミゲイルはキャスパルを指差す。


「なんじゃと!? まさかそんな事になっていようとは……」


 キャスパルはおろおろと狼狽うろたえ始める。「誰がそのような恐ろしい事を……」

 

 真っ青な顔で呟くキャスパル。

 

「おい、ミゲイル。どうなってるんだ、どうもそんな悪党には見えんぞ?」


 エリザは不安そうにミゲイルに尋ねる。


「ではキャスパル。こうして皇帝がお戻りになったのだ。即刻葬儀を取りやめよ。それが出来ないというなら……」


 ミゲイルが凄むと、

 

「おい! お前たち、何をぐずぐずしている! 撤収だ、撤収!」


 キャスパルが声を掛けると慌てて部下たちが動き始める。要人たちに状況を説明する者、縁起でもない祭壇を片付け始める者、実に手際が良い。「お主に言われるまでもない。誰がこんな葬儀をやりたいものか!」

 

「むぅ……。何がどうなっているのだ」


 ミゲイルは目の前の状況を理解しきれず呆然と立ち尽くした。

 

「陛下! そんなところにおられず、帝座ていざへお座り下さい!」


 キャスパルにうながされ、ペディウスは困った様子で帝座に腰かける。祭壇の側で皇族の主席に座っていた皇后も戸惑いながらペディウスの前にやって来た。

 

「陛下、ご無事で何よりです。私は信じておりました」


 皇后は目に涙を浮かべてペディウスの前でひざまずく。

 

「心配をかけてすまなかった」


 ペディウスは戸惑いながら皇后に言葉を掛けた。

 

「こほん、お集りの皆さま。この度はわざわざお越し頂きましてありがとうございます」


 キャスパルは改まってざわつく参列者に挨拶する。「ご覧の通り、皇帝陛下はご無事でございました。お騒がせして申し訳ございません」

 

 深々と頭を下げるキャスパル。遠くから葬儀に駆けつけた要人たちも、皇帝が無事だったというめでたい知らせに文句をつける訳にもいかず戸惑っていた。

 

「行方不明の皇帝陛下が無事にお戻りになった事を祝し、これから祝賀会に切り替えさせて頂きます。しばしお待ち下さいませ」


 すぐに帝都広場で悲しみに暮れている都民たちにも皇帝の無事が告げられ、城内に響き渡るほどの大歓声が上がった。

 

「「「「皇帝陛下万歳!!」」」」


 都民たちは皇帝の帰還を心から喜び、広場は飲めや歌えの大騒ぎとなった。

 


 

「ところでミゲイル。お前には国家反逆罪の容疑が掛けられておる」


 キャスパルは要人たちを帰した後、ミゲイルに言った。後ろには物々しい兵士がぞろりと立ち並んでいる。

 

「私は私の正義を貫いたまでだ。あのままでは陛下は殺されていた!」


「ではなぜ皇帝を連れて逃げた? 救出したならそのまま私のところに来れば良かろう」


 キャスパルは言う。「そうすれば誤解は解けていたはずじゃ」

 

「そ、そう言われれば……確かにそうだ。逃げる意味はない」


 ミゲイルはあの時の状況を思い出しながらうめくように言った。「はっ!?」

 

「どちらにせよ、お前には国家反逆罪が適用されるだろう」


 キャスパルは残念そうに言う。「同期のよしみで助けてやりたいが、こればかりはどうしようもない」

 

「おい! 陛下が崩御されたという知らせは誰から受けた?」


 ミゲイルがキャスパルに問う。

 

「それは……」


 キャスパルが答えようとしたところで何者かが投げた刃物がキャスパルの背中に突き刺さった。

 

「キャスパル!」


 ミゲイルが崩れ落ちるキャスパルを抱き止める。

 

「あ、あそこ!」


 ネロが扉の先に黒い影が横切るのを見つける。キャスパルの部下が何人かで追いかけていく。「まずいぞ、毒が塗られている!」

 

 ネロは刃物を見て慌てて解毒げどくの魔法をキャスパルに施す。キャスパルは意識を失ったまま医務室へと運ばれていった。

 

 キャスパルが倒れた事により、ミゲイルを捕まえようとしていた兵士たちもどうしてよいか分からず、戸惑うばかりだった。

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