第3話 天敵

「そう言えば、数年前にエリクサーを大量生産しようとして爆発事故が起こったでしょ? 大丈夫だったの?」


 デリルはこの村で噂に聞いた、帝都での爆発事故についてミゲイルに尋ねた。


「ああ、あれは3年前ですな。奇跡的に死者は2名しか出ませんでした」


 ミゲイルが答える。「爆心地にいた大臣の手の者だけですな」


「しかし、帝都は広範囲に渡って焦土と化してしまいました」


 ペディウスは我が身を切られたような悲しい表情で言う。何しろその光景を目の当たりにした先代皇帝はショックのあまり病に伏せ、そのまま崩御したのである。


「広範囲が焦土と化したのに犠牲者が2人だけ?」


「大臣が強引にエリクサーを大量生産させようとしたのだ。魔術師が逃げ出さないように二人の部下が見張っていたのだな」


 ミゲイルが吐き捨てるように言った。そんな事のために都民が路頭に迷うところだったのである。今思い出しても胸糞が悪くなる。


「ちょっと待って、二人死んだって……」


 デリルは納得いかない様子で首を傾げる。「魔術師はどうなったのよ?」


「うむ、どういう訳か魔術師の亡骸なきがらは見つかっていない。もしかしたら跡形もなく吹き飛んでしまったのかもしれん……」


 ミゲイルは深刻な表情で言う。


「それは無いわ。あんな危険な作業、結界も張らずにしないでしょ?」


 デリルはミゲイルの意見を否定する。デリルがエリクサーを作った時も、念のため結界を張って作業をしていた。丸腰でエリクサーを精製するのは自殺行為である。大量生産なんて事になったら多少の結界では気休め程度にしかならないだろうが、跡形もなく吹き飛ぶような事にはならないとデリルは思った。「並みの魔術師なら無事ではいられない、だけど……」


 デリルはぶつぶつと呟く。頭の中を整理しているようである。


「あの事故のせいで帝都は甚大な被害を被った。私は復興に尽力したが、貴族たちに疎まれて独房に入れられてしまった……」


 ミゲイルは苦々しい過去を思い出し、苦悶の表情を浮かべた。


「ねぇ、その魔術師ってずっと帝都にいたの?」


 デリルはミゲイルたちに尋ねる。


「いや、もともと帝都にいた訳ではないな。各地を転々として遺跡を見て回っていたらしい」


「ふうん、私の知ってる奴もそんな感じだったわ」


 デリルは何やら嫌な予感がしてきた。偶然にしてはあまりにも出来すぎている。


「どうした、デリル。顔が真っ青だぞ?」


 エリザが心配そうに言う。いつも明るく元気なデリルがこういう顔をするのは珍しいのである。


「ちょっと昔の知り合いを思い出してね、嫌な奴だったのよ」


 デリルは露骨に不快な表情を浮かべる。


「先生がそんな事を言うのは珍しいですね」


 ネロが驚いたような顔で言う。デリルは無礼者には容赦ないが、相手が非を認めればそれ以上根に持つような性格ではない。そのデリルが思い出しただけで露骨に顔をしかめるとは……、いったいどんな相手なのだろう?


「ミゲイルさん、その魔術師の名前とか特徴は知ってるの?」


 デリルは自分の思い描く人物とは別人だと確かめたくてミゲイルに尋ねた。


「たしか、アストラという名だったと思う。銀髪隻眼ぎんぱつせきがんで五十代後半くらいだ」

 

「……。まぁ! 私の知り合いと同じ名前だわ。すごい偶然ね」


 デリルは現実逃避するように言った。「銀髪隻眼まで一致するとは驚きだわ」


「……先生、そこまで一致したらきっとご本人ですよ」


 ネロは現実を受け入れようとしないデリルに止めを刺すように言う。


「そっか、アストラ死んじゃったんだぁ……。香典包まなきゃ……」


 デリルはうつろな目でごそごそと懐を探る。


「デリル、アストラってもしかしてお前の兄弟子か?」


 エリザは一緒に旅をしていた時に、デリルからどうしても勝てない兄弟子がいるという話を何度も聞かされていた。「だったら、そんな簡単に死ぬタマじゃないだろ?」


「それを言うならアストラはエリクサーの量産に失敗して爆発事故を起こすタマでもないわよ!」


 デリルはそう言った後、ハッとした表情を浮かべて黙り込んだ。


「……もしかして、わざと?」


 ネロはデリルの思考を読んだかのように呟く。それを聞いてデリルはさらに思考を深めていく。


「あの大事故が過失ではなく故意だっただと!? だとしたら絶対に許せん!」


 ミゲイルが額に青筋を立てて怒りをあらわにする。「帝都民に死傷者は出なかったが……」


「父はそれが原因で亡くなったのです」


 ペディウスが当時を思い出してぽつりとつぶやく。それを聞いてミゲイルがゴツンと頭を叩く。


「おい、ペディ! わたしがいつ死んだと言うのだ、勝手に殺すな!」


 ミゲイルはフォローするように続ける。「我々が父と慕う先代皇帝の事だろう?」


「そ、そうそう。帝都民にとって先代皇帝は父親のような存在だったもんね」


「帝都民に死傷者が出なかったのはどうしてかしら?」


 デリルはミゲイルに尋ねる。なんだかアワアワしているミゲイルとペディウスを不思議そうに見つめるデリル。考え込んでいたデリルの耳には彼らの話は全く入っていなかった。


「当日、エリクサー量産の作業を行うので都民に避難指示を出していたのだ」


 ミゲイルは思い出したように言う。「わたしは遠征に出ていたので都民から聞いたのだが……」

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