第18話 へびのみち【ダンジョン回】2633文字

 もうだいぶ水路の奥地へと足を進めた。姫さんが地図を書いてマッパーをしてくれているが、俺の記憶力でもそろそろ限界な頃、ラランさんが突き当りで足を止めた。

 彼女がゆっくりと壁の一部を押し込むと、水路の水が止まり始めた。


「止まりましたね」

「300数える間くらいしか持たないから、足元に気をつけてね」


 大きく曲がる水路を、少し身を屈めて進む。水路から這い上がり通路を歩く。

 辿り着いたのは広く、少し雑多な突き出ている岩や、何かの備品が転がっている旧い倉庫のような空間だった。


「この時期は、蛇ね」


 どういう意味だろうか? ラランさんが小さな岩を持ち上げて、足で少し床を擦ると、蓋のようなものが出てきた。


「私より前に出ないでね、転がっちゃうから」

「え、はい……?」


 彼女は蓋をパカッっと開け、何かのスイッチのようなものを指で弾いて入れた。床の一部が螺旋状にゆっくりと沈み、通路が出てきた。


「えぇえええええ!?」

「おお……!?」


「少しづつ戻り始めるから、足元に気をつけて行きましょう」

「いよいよ都市伝説じみて来たなぁ……!」

「ま、半ば形骸化してるけど、みんなは知らない街の秘密ね。……ぷふっ、レーナちゃん喜び過ぎ」

「だって、だって、噂の地下都市ですよ! どうしたってワクワクしちゃうじゃないですか!!」

「おちつけ」


 そう言うクリスも一見無表情だが、よく見るとそわそわと落ち着きが無さそうだ。

 螺旋通路を転ばないようにゆっくりと降りていく。通路を出ると広い空間に出た、どうやら自然の地下湖を利用した場所のようだ。

 足の先程度の浅瀬をずっと歩いていくと、小さな建物と崩れた祠があった、建物には人が抱えられそうな水盆が、ぐるりと溝のある壁囲まれて配置されていた。


「火を起こすから、警戒しててね」

「しょ、承知しました」


 まじまじと祠を観察していた姫さんに注意を促して、ラランさんはマッチを取り出して擦ると、水盆の中に投げ入れた。

 しばらくすると、水盆から水が染み出してきて、燃えたマッチごと壁に向って流れて、水を吸い上げた壁の色が半透明に変わり始めた。


「これは……?」

「転移門よ。ある場所に繋がってるの。入って」

「初めて見ました……」

「俺もだ。実在したんだな……」


 ラランさんに促されて、壁に恐る恐る一歩踏み出す。向こうには丸いトンネルが続いていた。俺たち4人が手を伸ばしても余裕の幅がある。足元の感触が軽い。木材の道が続いていた。


「そろそろ暗視を解呪して、レーナちゃん。もったいないから」

「え、はい」


 姫さんが解呪の呪文を詠唱して、真っ青だった視界は元に戻った。光だ。トンネルの奥から、陽光が漏れている。全員で出口へと足を向けた。


「さて、ようこそ地下都市ならぬ……地下世界へ」

「嘘……」

「おぉ……!」


 最初に目にしたとき、地底湖の向こう岸の水面に、建物が上下逆に映っているのかと思えた。

 だが違った。生えてやがるんだ、建物が逆さまに。どういう理屈かまったく理解できないが、視界いっぱいに天井と地上から巨大な塔が生えている。

 よく見ると苔むした岩があり、雑草や木が生えている。街並みは何かの残骸を流用した遺跡のようだった。


「かつての超大型要塞鉄機兵。その残骸を元に作られた地下街よ。埋め立てた上で出来たのが、自由都市同盟領ってわけね」

「だが、この明るさは一体……?」

「後ろを見ても驚くでしょうけど……まずは真ん中のあたりを見てね」


 ラランさんが指先で示す通り目線で追って見る。空……と言って良いのだろうか、山のような形状の集積した塔の中央には、ぼんやりとした光源が広がっていた。


「灯り……?」

「アレが太陽の代わり。炉心塔迷宮。空間や重力の歪曲魔法も含めた、大型の環境制御装置よ。なんて言ったかしらオー……オー……」

「オーパーツってやつですか?」

「そうそれ。もう作れない物ね。振り返って見てみなさい」


 振り返って見ると、トンネルはむき出しの煙突が倒れているかのような構造をしている。筒先は分厚く別の部品に覆われていた。


「大砲か」

「御名答よ、クリス君。これ土管じゃなくて、大砲の1つだったのよ」

「でっか……」

「小人にでもなった気分だな……」

「トゥイトゥ ウ フイオムドゥ ウティ!!」

「え!? きゃあ!?」


 タロッキの声がしたかと思い振り返ると、本当に彼女が居た。大砲の上から飛び降りて、姫さんに飛んで抱きついてきた。


「え、嘘。なんでタロッキちゃんが、ここにいるのよ?」

「ラ、ラランさんが、本部に送ってくれたんですよね!?」

「間違いなく御両親に本部でお任せしたわよ。私すぐ水路に向かったけど……?」

「マナギ」

「ああ」


 おかしい。不審に思って歩いて大砲の裏側を見たが、古い遺跡のように自然に荒れた建物や、木々しか見えない。だがタロッキは大砲筒の中から出てきた訳でもない。でも別人にも見えない。一体どこからここに来たんだ?


「トゥイトゥ トゥイトゥ、ウ ドゥイムティ バエムティ ティイ ルンエヌン……」

「もう、タロッキちゃん、ダメじゃないですかぁぁ……!!」

「うぅう〜……!!」


 何を言っているか分からないが、憤る姫さんの剣幕に、タロッキは涙目で必死に食い下がっている。どう見ても寂しくて寂しくて、仕方がなかった様子だ。こちらが置き去りにしてしまった罪悪感を感じてしまいそうだ。

こりゃだめだ。姫さんの方も、泣き出しそうな顔で俺に助け舟を求めてきている。


「ラランさん、戻るのは……?」

「無理ね。転移門はこっち側にしか飛べないわ。戻る用は上になるのよ」


「なら、俺たちと居て戻るか、みんなには戻る人物に、手紙でも託すかしか無いか……」

「……仕方ありませんか。でも一体どうやって、ここに辿り着いたんですか?」

「ウティ アエス ムイバ ティディエムスフンディーンドゥ!!」


 タロッキは自慢げに、足元から湧き出してきた水を指さした。彼女は手で掬って水を姫さんに手渡してくれたが、土すらほとんど混ざっていないそれは、キラキラ光を反射してきらめくだけだった。





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