第10話 あかいこおり 【ざまぁ回】2212文字

 賊達は町中を駆け抜けていた。道行く町民を突き飛ばし、憲兵の静止を振り切り、馬車の間をすり抜けて、街の中央へ駆け抜けていく。

 やがて、地下水路の入口が見えてきた。左右を大型ゴーレムに守られている。まるで迷宮の入口のような水路だった。


 彼らは息を弾ませつつ安堵した。水路の中に逃げ込めば憲兵も振り切れる。中で装備を脱ぎ捨てても良い。それだけで追跡は困難になるだろうと。


 空気そのものにヒビが入るような。強烈な破砕音を、その耳に捉えてしまうまでは。


「なっ……!?」


 一瞬で水路の入口に、空を目指すようなつららがせり上がってくる。同時に周囲の気温が一気に下がり、濃い水蒸気で、見通しがきかなくなった。

 

 揺らめく白煙の向こうから、コーン。コーンと音が響く。分厚い氷の上に、高いところから石でも落とすような音が響く。角持つ巨体が揺らめいて、威嚇するような生暖かい息遣いが聞こえる。


 賊たちは生唾を飲み込んで、湾刀を2対抜き放った。煙が風に晴れていく。

 過剰なまでに爛々とした血走る紅い目。凍りついた地面を、苛立たちげに先端で叩く長い尾。眉間に刻む激怒の皺と、鋭い鱗を頬と尾に逆立て、悪魔のような翼と角持つタロッキが現れた。


 彼女は賊を紅い目で見定めると、思いっきり深く深く息を吸い込み始めた。


「しまっ……!」

「ゔぁおぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 まだ成人前の幼いノドだ。それでも叫びは街中に響き渡り、辛うじて凍りついていない氷水をしぶきに変え、水路中に叫びは反響して、賊2人はとっさに耳を塞がざるおえなかった。


「くそっ……お前は退路を確保しろぉ!」

「あ!? あんだって!?」


 残念ながら彼は耳を激音で潰されて、もう満足に聞こえていなかった。返事を待たず、賊はタロッキに襲いかかる。


 体格差は大きい。一見幼い容姿だが、細く見える腕は強盗の太腿よりもなお太い。彼は決してニンゲンの中で小柄では無かったが、それでも背丈が頭1つ以上違う。だが彼には後が無い。1歩、2歩と踏み込んで、3歩目は足が動かなかった。


「ぐるるっ……!」

「な……ぎゃっ!?」


 足元はいつの間にか凍りついていた。そのまま無防備な脇腹を、太く長い尾で吹き飛ばされる。壁にしたたかにぶつかり、何故か彼は、そのまま壁に張り付いてしまった。


「な、なん……あぁあ!?」


 剣山のような氷が、びっしりと壁を覆っている。賊はまるで標本の虫のようにされ、氷は流れる血液ごと啜り上げ、手足で触った所からジワジワと凍り付き始めた。


「ドゥイムティ クウル、フディンーツン!」

「ち、ちくしょお! すまん!!」


 最後に残った賊は、半泣きになりながら筒状の物を取り出すと、何かを押し込み、振り返って水路の入口に投げようとした。


ウワン・スプンエディ冷たい長槍

「え。あぁ……!」


 賊の耳元でスパッ、ポトリと間抜けた音がした。手元からタロッキまで、細いつららが鋭く伸びている。頼みの綱の爆弾が、水路に落ちて流されて行った。





「いたぞ!」

「タロッキちゃん!!」


 グリンに2人で乗って咆哮の発信源を探索すると、すぐにタロッキは見つかってくれた。最速でドラクーンの憲兵も駆けつけてくれたようだった。


「ご両親様でありますか!?」

「違いますが、保護者です!」

「おお、それは。此度、犯人の捕縛協力。誠にありがとうございました!」

「…………へ?」


「トゥイトゥ、ワエオグアティ ウティ プディイプンディルヤ. プディエウスン! エムドゥ プディエウスン!」

「わ! もう……」


 憲兵の敬礼に驚いていると、タロッキが何か言いながら姫さんに抱きついてきて、自慢げに水路の向こうを指差した。

 彼女が示した壁には、見覚えのある強盗たちが気絶して、四肢を張り付け凍り付けされている。

 姫さんがグリンから降りて、氷の壁をまじまじと観察し始めた。俺もグリンが睨んでくるので降りた。


「タロッキ。お前がやったのか?」

「ヤンエア。トゥンルティ ウティ ムイバ?」

「あれ、おかしいでありますな。この氷、妙に砕けないであります」


 憲兵さんが犯人を引っ剥がそうとしたが、上手く氷は外れなかった。無理に引っ張ろうとすると、身体ごと傷つけてしまいそうだ。


「…………これ、魔法じゃないですよ」


 監察していた姫さんが、杖でペシペシ叩いたり、杖先に魔力を集中して氷を操作しようとしたが、氷はピクリとも動かなかった。


「トゥンルティ, グイ エバエヤ」


 タロッキが近づくと、あっという間にドロドロと溶けて水になった。奇妙な事に、溶けたのに湯気の類はまったく立ち上がっていない。水はタロッキの足元に、花嫁のヴェールのように模様を描いて佇んでいる。


「物理的な変化じゃないのか……?」

「「バエティンディ イフ ブエティールン」トゥヤ プエディティムンディ!」

「綺麗……」


 得意げに胸を反らして、彼女は水を両手で掬い上げて方ってみせた。日の光を珠と反射し、魔力すら使わず変化していく不思議な水に、俺達はしばらく魅入られていた。





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