冒険者の仕立て屋さん『外見偏差値カンストオーバーの彼女は、今日も愛の言葉を真に受てくれない』爺さんの未練のために、異世界で一番の名店「コンビニ」に。いつか、行けたら良いな。
第9話 ごうとう【実験&戦闘回】2883文字
第9話 ごうとう【実験&戦闘回】2883文字
街の郊外にある採石地には、黒塗り革鎧の一団が、双眼鏡を持って静かに俺達を見守ってくれていた。彼らから青い旗が立てられた。実験開始だ。
「84.9式。開始」
「よーしじゃあ、上手く失敗してくれよ……!」
「うむ」
大型のスクロールは既に展開されている。いつもより更に実験用に、動くことを想定しない分厚い鎧を着込んだクリスが、拳銃の引き金を引く。
一瞬。無音になり、ドッツンと重い破砕音を響かせて、衝撃波は放射状に広がって行った。
「観測上破壊条件に変動なし。……どうだ?」
「失敗だ、予想通り」
クリスが見せた拳銃には、あらかじめ赤く塗装していた箇所と、ほぼ同じ箇所内に破損が起きていた。
「よっしゃ。これで進められるぜ」
「何を進められるんです……?」
振り返ると、いつの間にそこに居たのか。人形のように抱きかかえられた姫さんに話しかけられた。姫さんを抱きかかえていたのは、先日のドラクーンの少女で、体格差から本当に人形を抱きかかえているみたいだ。彼女は背中に大きな背負い袋を背負っていた。
「だめじゃ無いか、ここは危険だぞ?」
「許可は貰いましたよ。ドルフ親方さんからの依頼で、お昼の配達です。軍部の方にも差し入れですよ。ね、タロッキちゃん?」
「タロッキ?」
「タロッキ・スクアーマちゃん。名前がどれか分からないので、渾名ですね」
抱きかかえてくれている少女と目を合わせて、ほわっと笑い合って彼女達は頷きあった。姫さんが呼んだ時に反応していたので、彼女も理解しているようだ。
「2人共、ウェーイ」
「ヘイ?」
「ヘ、へーイ……?」
俺は2人に挨拶代わりに、手を高く上げて一緒に打ち鳴らした。できるだけタロッキには安心してもらう為に、明るく陽気に行動で接するつもりだった。その甲斐あってか、彼女はちょっと躊躇って引きつつも、挨拶をちゃんと返してくれた。
「北に多い名前と一緒だな?」
「冒険者名では1番多いでしょうね。で、銃なんて持ち出して、何してたんです?」
「実験だ」
クリスが拳銃を姫さん達の目の前に差し出した。固定台から少し動かしただけだが、パキッと音がして、バレル部分が破損し地面に落下してしまった。
「……壊れてるじゃないですか」
「ウティス ブディイクンム……?」
「壊れ方を見たかったから良いんだよ。完全に想定内通りだ。これでバレル交換で一発は撃てる」
「ふーん?」
「帰ろう」
「今来たばかりですけどぉ!?」
クリスはもう実験結果を反映させたくて、待ち切れないようだ。俺達は姫さん達に感謝して昼食を取ると、オレンジガベラに向かった。
◇
店に顔を出すと、ドルフ親方が週間新聞を広げながら、のんびり葉巻を吸っていた。俺達に気づくと、葉巻を消して駐在軍さらに増員か、と書かれた新聞を折りたたみ始めた。
「ナヴィアが増員か……おう、どうだった?」
「上手く失敗しました。予定通りでお願いします」
「ん。3丁で良いな」
「え、もう一丁?」
「良い仕事の銃だからな。1つ取り置く」
親方が素直に褒めている。確かにあの銃は突き詰めた逸品だったが、珍しい事もあるもんだ。俺は少しだけ煙い店内に窓を開けた。
「じゃあ、予定通り今日は延期した飲みと言う事で」
「わかった。……兵士か」
「バエディーウイディ……?」
「わかるんですか?」
姫さんが親方の反応に驚いた。タロッキは黒の肩出しワンピースを着ていて、防具や剣を帯びている訳では無い。発見された当初から着ている服で、特に兵士の格好をしている訳ではなかった。
「身のこなしでな。姫もその内わかる。魔力輪の使い心地はどうだった?」
「悪くは無いですね。思ったより魔力の掬い上げが多いですが……」
「ん。レポートを頼む。で、なんで抱きかかえられてんだ?」
「こうしないと、この子少し落ち着かないようでして……」
「お、おう……」
なんとなく触れ辛い事を、親方は率先して聞いてくれた。微笑ましくはあるが、時間が経つに連れて周囲の視線も痛くなってきたし、姫さんも少し疲れてそうだった。
タロッキも目で促すと、しぶしぶ姫さんを降ろしてくれた。流石親方だ。そこにシビ……おっと、お客様が来店なさったようだ。
「いらっしゃ……!?」
思わず挨拶を言い切る前に、ロング・ソードの柄を握ってしまう。
臭いで分かる。くせえ程に。コイツら3人は殺人者だ。半眼の目。白い肩掛けローブ下に、推定ソフト・レザー革鎧。湾刀を2対抜いて両手に。腰を。
「いませぇいぃ!!」
落とされる前に先に俺とクリスは、アックス・フィッターの象徴たる手斧をぶん投げた。1人は大きく避けて、1人は湾刀で受けた。
「姫!」
「くぅっ……!?」
残りの1人は棚を足蹴に、姫さんに飛びかかってきた。駄目だ、姫さんの方が遅い。
親方が精算棚脇のクロスボウを引っ掴んで、狙いを付けたが射角が悪い。タロッキに当たっちまう。彼も無理に飛ぼうとしたが、義足では限度がある。
「フディンーツン!」
「え……?」
「ギァアアアアアア!?」
いきなりタロッキの近く、床の一部が弾け飛んだかと思うと、氷の波が飛び出してきて、男に勢いよく飛びかかった。
空中で避けることが出来ず、そのままそいつは悲鳴をあげて店の外に吹っ飛んで行った。
「強盗だぁ!! 撃て撃てぇ!」
「退店しやがれぇや! 強盗様ども!!」
同僚のベスとグリムが、それぞれ針連弩と着色玉を撃ち込み始めた。俺も首から下げた警笛を思いっきり吹き鳴らす。
賊は後退しながら肩掛けローブをはためかせて受けると、煙の出ている筒状の何かを手に持った。
「……っ、舐めんな!!」
「……へぁ?」
親方のクロスボウの矢が筒状の何かを貫通して、吹っ飛んだ賊の目の前に飛んでいく。足元に転がった筒を見て、そいつは間抜けた声を出した。……まさか。
「いかん!? 姫さん!!」
「え、きゃあ!?」
思いっきり姫さんを抱きかかえて奥に飛び退く。直後に閃光と耳をつんざく轟音。爆炎。もうもうと煙が店の外に上がっている。
「なん……なんですかぁ!? 突然!?」
「……やられた! まんまと逃げやがった!!」
クリスが店売りのタワー・シールドを引っ掴んで構え、背を守ってくれたようだ。そのまま彼が店の外の煙をシールドで払うと、親方の叫びの通り、賊の2人は忽然と姿を消してしまっていた。
親方は悪態を突いて義足をガシガシ言わせながら外に出た。足元には吹っ飛んで転がっている賊の1人が倒れていた。
「くそったれ。無事か、オメーらぁ!!」
「怪我はない」
「……待って!? タロッキちゃんは!?」
周囲を見渡しても、彼女の姿は無い。飛び出てきた氷すら無くて、何度声をあげて呼びかけても、彼女は応えてくれなかった。
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